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インチョーのブログ(表)( ´∀`)

「東京つばめ鍼灸」インチョーの独り言ブログ。インチョーのブログ(裏)はこちら→http://ameblo.jp/ryudoumizuki

上海へ行った

連休をとって上海へ行ってきた。高校時代からの友人S氏が上海での出向を終え、9月いっぱいで日本へ戻って来るとのことだった。そんなわけで、「俺がいるうちに遊びに来いよ」ということになった。

 

いつかは上海へ行くつもりだった。上海市内の針灸用具店と書店を巡って、中国鍼灸の状況を調べてみたいと思っていたのだ。北京は師匠がすでに開拓しているが、上海の状況は不明だったから、この機会にどんなもんか調べておくことにした。だいたい、積極的に中国へ行く鍼灸師なんて日本にはほとんどいないから、日本で上海の鍼灸事情を調べるには、中国語で書かれたウェブサイトを漁るしかない。事前に5つくらい、針灸用具が売っているという通りを調べ上げ、地図をプリントアウトして、上海へ飛んだ。

 

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地下鉄乗り放題の1日乗車券を買い、いくつもの大病院の周辺を半日かけて駆け回ったが、結局、針灸用具を売っている店は見つけられなかった。さすがに上海中医薬大学と上海市鍼灸経絡研究所の近くにはあるだろうと期待していたが、それらしき薬局を見つけたものの、着いた頃にはすでに閉店していた。17時で閉店とは、なんともやる気のない店だとちょっと憤慨した。

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ちなみに、北京の東直門にある針灸用具店は、年中無休で20時くらいまでやっている。全体的に巡った感じでは、药房と呼ばれる素人向けの薬局ばかりだった。薬や車椅子、血圧計、入院時に患者が使う日用品くらいしか揃っていない店だ。詳しい事の顛末はそのうち自分のウェブサイトの日記コーナーに記そうと思う。

 

師匠から買ってきてと頼まれていた黄帝内経繁体字本は、上海書城で良いのが買えた。この本屋の中医コーナーにいた店員はオカマのような風貌だったが、随分と親切で、まるで検索機のように針灸書の在庫を熟知していて、少し感動した。内経は上下巻400元で、こりゃ高いなと思ったが、何故か上下セットだと半額で買えた。自分用のも欲しかったが、1セットしかなかった。今度北京へ行ったら探してみよう。おそらく日本では、買う鍼灸師などいないだろうから、今後半世紀経っても流通しないだろうと思う。

 

上海書城では前から欲しかった中薬大辞典も上下巻セットで、縮小版を安く買えた。オカマ店員は「縮小版は大きいのと中身が同じで安いからお勧めヨ」と言っていた。内経は高かったから、師匠には代金を請求しようと思っていたが、帰国後に「お土産は内経だけで十分です」とメールがきた。ちなみに師匠には最高級の獅峰龍井茶をお土産として渡す予定だったが、結局お土産は内経と龍井茶になった。まぁ師匠にはお世話になったから、仕方ない。きっと師匠に出逢わなかったら、私は中国語の出来ない浅針専門のアホ鍼灸師で終わっていただろう。

 

友人S氏が連れて行ってくれた、外灘のビルマ料理(雲南料理)の店や鼎王无老锅という台湾火鍋の店では、普段御目にかかれぬ美食を大いに堪能出来て、良い思い出になった。ビルマ(Burma)と言うと旧国名だから知らない人も多かろうが、間違ってもロリコンが好きなブルマを想像してはいけない。画像の春巻きは未知の味で、本当に美味しかった。

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千葉にあるのに東京と言うディズニーランドには1回行って飽きてしまったが、上海ディズニーランドはまた来たいと思った。とにかくカリブの海賊パイレーツ・オブ・カリビアン)が面白かった。ちなみに、日本の某ウェブサイトでは「チケットはネットで事前購入しておいた方が早く入園出来て良い」とのことだったが、実際には大嘘で、現地の窓口で買った方が瞬時に入れるような具合だった。

 

ネットでチケットを事前購入していても、結局は奥の窓口で正規チケットに引換えなければならないのだが、常時空いている窓口が3~4つしかなく、常に中国人客がトラぶって窓口を塞ぎ、行列が出来ている様子だった。チケットを現地で買うなら金を出すだけで良いのだが、中国人の予約客は、「予約した」とか「予約されてない」とかでトラブルになっていたようで、欧米人と日本人がスムーズにチケット交換出来ないというのが現状のようだ。

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不眠と針灸

昔から酷く疲れると、眠れなくなることがある。20歳を過ぎてから約10年間、完全夜型の不摂生な生活を続けていたことや、遺伝的に筋肉が凝りやすいことなどが少なからず影響しているのだろう。 

 

確かに北京堂で師匠に施術してもらったり、自分で自分に鍼灸を施すようになってからは何もしていなかった頃に比べて心身の状態も良く、QOLは断然に上がっている。しかし今でも疲労が重なると、途端に眠りの質が落ちる傾向にある。昔、NIRVANAKurt Cobainが「毎日背中が痛くて、疲れているのに眠れない」と語っていたように、背中の痛みと不眠は大いに関係している。

 

もちろん仕事が第一だから、普段から食生活に気を付けたり、体調管理には人一倍気を使っているつもりだ。しかし私も所詮は凡人だから、全てを完璧にこなせているわけではない。とは言っても、酒もタバコもやらないし、適度に運動もしているし、食事の改善や鍼灸のおかげもあってか、ここ10年くらいは大きく体調を崩したことがない。鍼灸師になって以来、病気で仕事を休んだことは一度もない。多くの患者をみるようになってから、術者として己の体調を可能な限り管理することは最低限の責務だと考えているから、他の鍼灸師のように飲み会で群れることもなくなった。そもそも酒を飲むことも、集団で集まることも、あまり好きではない。

 

他人の不眠を治すことは比較的簡単だ。とりあえず、背中に鍼を刺してやれば良い。本当は首や頭部にも刺鍼すると効果的だが、何せ鍼はちゃんと刺すと痛いし、凝りが強ければ刺鍼時の痛みも増すから、特に痛がるような人には脊際に20~40本くらい、30~40分程度置針するだけでも良い。人によっては、どこへ刺鍼しても、施術当日はぐっすり眠れるようになるから、特に凝りが強いような、いわば阿是穴だけを狙って刺すのも良い。

 

私はいつも背中の真ん中あたりが凝りやすい。棘下筋や大腰筋あたりは自分で刺せても、背中の脊際あたりは手が届かず刺せないから、下肢に10~15本くらい置針して前腕に台座灸をするくらいしか出来ないが、それでも抜鍼後はすぐに快眠出来る。しかし根本的には背中が凝っているのが原因だから、背中の筋肉をゆるめなければ、またすぐに不眠が再発してしまう。

 

一般的に、中国語で「不眠症」は失眠(shimian)と言うが、中医学では失眠のほかに不寐(bumei、難経四十六難)、不得卧(budewo、霊枢大惑論第八十)、不得眠(budemian、金匮要略)、不能眠(bunengmian)などという呼称があり、その原因は多岐にわたるとされる。

 

例えば、思慮過度、内傷心脾、気鬱化火(气郁化火)、擾動心神(扰动心神)、肝胃不和、痰熱内擾、陰虚火旺、心腎不交、心脾両虚などである。これらの多くは肝気や心気の乱れによって起こるとも言われている。

 

まぁ現代医学的にみれば、自律神経の神経根付近の筋肉が凝って、自律神経のオンオフが不安定になり、交感神経が優位になり続けてしまうことに原因があるのだろうと思う。つまり、布団に入って「さて寝るか」と脳が体に命令しても、交感神経のスイッチがオフにならず、ずっと体内の電灯が点きっぱなしになっているような状態が「不能眠」な状態と言えるのかもしれない。

 

人はストレスなどによって過緊張が続くと、重心が上半身で固着しがちになり、普段から首や肩の力を自発的に抜きにくくなる。気が付くと肩が怒っていた、というような状態だ。また、常にイライラしているような人は胸式呼吸がメインになっていて、傍からみても呼吸が浅く、乱れていることが多く、近くにいる他人をもイライラさせるような雰囲気を醸し出している。それゆえ常時、上背部の筋肉が強く凝っていて、自律神経系に異常を来しやすいようだ。

 

不眠症鍼灸と言えば、日本では失眠への多壮灸が有名だ。しかし、これは全く効かないケースが多いように思えてならない。むしろ、効いたケースをみたことがない。日本には「失眠へ灸をしなさい!それだけで眠れるはずじゃ!」なんて叫ぶオエライ鍼灸師がいるけれども、『ファティマ第3の秘密』的な奇跡でも起こらない限り、効果は実感出来ないかもしれない。

 

ちなみに日本ではこれ以外の有名な针灸技术方法を聞かない。そもそも、米粒大のもぐさをひねって左右の失眠へ100壮すえるとか、「眠くなるまで灸をすえろ!」と言うのは、全くもって現実的ではない。これでは施灸の効果云々より、施灸の疲労で眠くなるとか、逆に疲労感が増すとか、眼が冴えて余計に眠れなくなるとかいう感じになるのが実態かもしれない。

 

だいたい米粒大のもぐさを沢山据えるなんて、鍼灸師でさえ麻烦なことなのに、不眠症で意識が冴えない素人には尚更面倒なことだろうと思う。むしろ、もぐさを沢山ひねらなければならぬストレスで、不眠がひどくなりそうだ。鍼灸師にやってもらうならまだマシかもしれないが、他に簡単かつ確実に効果がでやすい刺鍼法があるのだから、わざわざ「灸は効かせるものだ!」なんて騒いで、施灸のみにこだわり続ける必要はないと思う。何でもかんでも灸で解決しようなんてのは、現代中医からみたら失笑されそうなレベルの話であって、もはや針と灸をうまく使い分けたり、それらをより効果的に併用するなんてことは、議論するまでもない、当然のことだろうと思う。

 

松江にいた頃、近所に「何でも灸で治すけん!」と自称するジジイがいた。そのジジイは癌を治すと評判だったが、とにかくどんな病気でも灸だけで治すと患者から伝え聞いていた。で、評判を聞きつけた坐骨神経痛の患者が灸をすえてもらいに行ったらしいのだが、数回施術を受けたものの、全く変化がみられなかったそうだ。その後、腰部と臀部に100円玉大の有痕灸を10~20か所すえられて、ものすごい熱さに耐えてみたものの、皮膚に一生モノの大きな灸痕を残すだけで、治らなかった、と訴える患者が何人もうちへ来院した。灸痕が可哀想なほどひどく残っていた。

 

そもそも、坐骨神経痛は大腰筋が強く萎縮して腰椎への張力、圧力が増大することや、梨状筋が神経を絞扼することなどに原因があるケースが多いのだから、灸で表面だけを温めても筋肉がゆるまず、効果は得難い。癌治療の一環として、蛋白変性を目的とする施灸ならそれでも効果はあるだろうが、神経痛ならばほとんどのケースで針を刺さないと効果は見込めない。結局、坐骨神経痛の患者はうちで数回針を打って完治した。

 

基本的にどんな病態でも、灸よりも針が効くケースが断然に多いから、鍼灸院では針をメインに施術してもらい、自宅で補助的に施灸するのなら良いと思う。ちなみに、灸は熱ければ熱いほど効くと信じていて、皮膚をこれでもかと言うほど焼く人がいるけれども、蛋白変性による効果を必要としなければ、痕が残るほど火傷させる必要はない。むしろ、糖尿病患者や易感染傾向にある患者のように、皮膚を焼いてはいけない病態や疾患も色々あるから、何でもかんでもすぐに皮膚を焼くような鍼灸師は信用しない方が良いかもしれない。

 

一方、中国には様々な不眠の針灸治療がある。確かに効かない治療もあるが、日本鍼灸界に比べると遥かにバリエーションが多い。「失眠」と言う言葉は中国語で不眠症の意味があるから、もちろんこのツボを使うことも多々あるけれど、主に背中に様々な灸法を試みることが多い。とにかく中国には様々な灸法がある。例えば患者をベッドに寝かせ、砂浜で砂浴させるように、もぐさと漢方薬で全身を包んで蒸したり、皮膚に保護布を敷いてから、大椎から仙骨あたりまでの脊際に仕切り板を置いて、その中に大量のもぐさと漢方薬をぶち込んで火をつけたり、下肢に巻きつけたバスタオルにアルコールランプ用のアルコールを大量にぶちまけて火をつけたりと、灸法と呼べるのかと疑うような過激な灸法も珍しくない。背中には背部脊柱灸盒と呼ばれる蓋付き箱型の温灸を当てるマイルドなやり方もある。ちなみに、バケツ数杯くらいに大量のもぐさを使う時は、煙が沢山出るから、施術者はゴーグルとマスクを着用する必要がある。おそらく煙が大量に出るから、自宅でやったら周辺住民に火事だと勘違いされて通報されるかもしれない。スプリンクラーが設置されている室内なら水浴びが出来るだろう。

 

また、神庭と本神へ刺鍼する三神針や、四神聡を進化させた靳三针の四神針などが精神や自律神経の安定に効果があるとして、不眠治療に用いられたりしている。もちろん、弁証的に肝気や心気を整えるようなツボへ刺鍼したり、例えば「単穴针灸治急症(人民衛生出版社)」という本には弁証によって神門、豊隆、後溪、照海の何れか1穴を使って治療する、という新しそうで昔ながらの方法もある。ちなみにこの本は2015年に出版された本で、山東省徳州市の苗子庆という苗族と誤解されそうな名前の中医師が書いたものだけれど、中々面白い本だ。柳谷素霊のプレミア付きの本を買うより、32元出してこの本を買った方がお得かもしれない。

 

他に奇抜な刺鍼法では、太さ0.5mmくらいの毫針で舌先(中医学で心気の状態が現れるとされる部位)へ即刺即抜を何度も繰り返す、というやり方もある。ちなみに、これは自分にやってみたが、激痛なだけで効かなかった。まぁ心気が亢進しているような、舌先に熱症状が現れているような人には効くのかもしれないが、あまりにも痛いからお勧め出来ない。さらに、脊際に沿って火針でブスブスと、ひたすら皮膚が赤くなるまで刺すという熱痛そうな刺鍼法もある。これは主に湿邪が溜まっているような人に使うが、痕が残るからあまり宜しくない。他にも刮痧や拨罐を用いた方法もあるが、これらも皮膚にエグいくらいのダメージを与える割に効果がずば抜けているわけではないから、おすすめ出来ない。

 

私は自分が眠れぬ時、夜中に自分の体へ刺鍼することがあるのだが、座位でやることもあって、腓骨筋や前脛骨筋、太衝、足三里、三陰交あたりに刺鍼することが多い。これで前腕のツボに少し台座灸をするだけでも良く眠れる。中国では足三里に毎日灸を据えると100歳以上まで寿命が延びるとか、実際に万病を治すと言って足三里だけに灸痕が残るほど強めの生姜灸をする中医師もいるくらいだが、確かに足三里は不眠にも効きそうなツボだと思う。

 

ちなみに、TVなんかではオエライ医者が「カルシウムは神経の興奮を鎮めますから、眠れない時は牛乳を飲みましょう」なんて発言することがあるが、就寝前に牛乳を飲むと血中カルシウム濃度が上昇するから、就寝中に結石が出来やすくなると言われている。最近は医学の専門家であるはずの医者が医学的に可笑しいことを公言するもんだから、病気になる人が増えて困ったことになる。まぁ確かに医者は病人が来ないと食っていけないから、あえてそういうことを言うのかもしれない。客が来なくて困った自転車屋が、近くに停めてある自転車のタイヤを片っ端からパンクさせて儲けた、という事件と似たようなものかもしれない。

 

とりあえず、不眠症には背中の筋肉をゆるめることが最も効果的であることが多いから、別に針をせずとも、ヨガやストレッチング、体操、ストレッチボールなどで背中を伸ばしたり、赤外線や温泉で背中を温めるのも良いとは思う。それらを日常的にやっていれば、再発の予防にもなるだろう。しかし仕事であまりにも疲れている人は、仕事が終わって帰宅したら何もやる気がせず、飯食ってバタンキューであろうから、体操をしたり、湯船に浸かる気力もないかもしれない。それに筋肉は凝り過ぎると体操しても温めても、どうにもならぬ様相を呈することがあるから、そんな時は針を刺すしかない。

 

台座灸なら自宅でも比較的やりやすいかもしれないが、誤って火傷するまで焼いてしまう人もいるだろうから、慣れるまでは難しいかもしれない。何より、火事の危険性もある。(灸法はこちらをご参照下さい→家庭で出来る灸治療 of 東京つばめ鍼灸

 

そうなると、ある程度筋肉がゆるむまでは、週1回くらいのペースで、しばらく鍼灸院で鍼を打ってもらうのが楽かつ効果的だと思うが、何せ鍼は痛いのと、下手くそが打つと肺に当たって気胸になる可能性もあるから、中々万人に勧められるものではない。

 

 

 

無慈悲なピーポ

久々に師匠に針を打ってもらうため、師匠ハウス(小菅の北京堂)へ行ってきた。もう何年も針を打ってもらっていないから、背中がかなり凝っていた。

 

9:30の予約だったから、遅れないように7:30に家を出た。渋滞が無ければ45分くらいで到着するが、朝はどのルートで行ってもラッシュは避けられぬから、最低でも2時間前に出ないと間に合わない。

 

甲州街道はいつも通り高井戸の交差点で渋滞していたが、何とか40分くらいで永福町を通過して、首都高に入ることが出来た。幸い首都高は空いていて、C2(環状2号線)から千住新橋まではガラガラだった。今は小菅ジャンクション付近の4車線化工事の真っ最中だから、北京堂最寄りの小菅出口は封鎖されていて出られなくなっている。

 

そもそも、神田橋から6号線を抜けて小菅へ行くルートは、C2ルートとは対照的に元々湿地帯だった場所で震災の時に崩落しないとも限らないし、何より交通量が多くて、特に小菅出口手前での車線変更がリスキーだから、C2ルートで地下を抜けてゆく方が安心感がある。

 

小菅には9:00前に到着した。早く着き過ぎるのも迷惑だろうと思い、北京堂近くのコモディイイダというスーパーで時間をつぶすことにした。

 

2Fの駐車場に車を止め、1Fの入口へ降りると、地元民らしき人々が今か今かと開店するのを待っている姿が見えた。

 

店員が自動ドアのロックを外すと、地元民が我先にと水汲みスポットへ駈け出した。どうやら、開店早々に水をもらいに来たらしい。

 

とりあえず、店内を徘徊したあと、自宅用のスリッパを2つ買って、師匠ハウスへ行くことにした。スリッパが島根なみに安くて、少し感動した。

 

9:00の予約が入っていなかったから、一番乗りだった。1Fのベッドで施術してもらうことになった。同伴していた嫁に刺鍼中の動画を撮ってもらっていたが、撮影中におかんから電話がきたため、一旦撮影を中止せねばならなかった。師匠は手を止めないもんだから、一部動画を撮り損ねてしまった。

 

おかんはこの日の前日に、渋谷のオーチャードホールで某歌手のコンサートを観ていたらしいのだが、ライブ中、突然天皇陛下が現れて、自分のすぐ近くに座ったもんだから、その興奮を誰かしらに伝えたいらしかった。 f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150057j:plain

 

与太話をしながら針を刺してもらっていると、鍼灸師のFさんが出勤してきた。最近は毎日のように見学しに来ているらしい。まことに誠実そうな人だ。師匠は鍼を刺し終えると、2Fへ上がって次の患者の治療を始めた。天井からドスドスと慌ただしく歩き回る音が聞こえたが、それほど気にならなかった。

 

10:30からは私も見学させてもらう予定だったので、30分くらいの留針で抜いてもらうことにした。とにかく三角筋への刺鍼が痛過ぎた。久々に刺鍼したこともあり、抜鍼後はしばらく動けなかったが、何とか気合で起き上がり、白衣を着て2Fに上がった。

 

2Fの患者の施術が終わると、今度は1Fに患者が来た。肩周りが異常に硬い患者で、刺鍼される度に悲鳴を上げていたが、患者が悲鳴を上げる度に、師匠はニタニタしていた。

 

午前中、最後の患者の施術が終わると、師匠は冷凍庫からおもむろに「モナ王」を箱ごと取り出し、「あんたらもせっかく来たんだから、良いものをあげましょう」と言って、アイスを1つずつ差し出した。師匠はFさんにも「あんたも食べる?」と言ったが、Fさんは「僕はいいです」と答えたため、師匠は「あっそ」と言った。

 

こういう時は、喜んでアイスを頂戴するのが北京堂の弟子の流儀である。「空きっ腹にいきなりアイスを食べたら血糖値が急上昇して危険だろう」など野暮なことを考えて、師匠の好意を拒否してはいけない。アイスを食べながら、しばし与太話をしたあと、帰ることにした。

 

外の気温はすでに30℃を軽く超えていて、日差しがジリジリと地面に照りつけていた。車に乗り、千住新橋を渡って、久しぶりに上野でブラブラしてから帰ることにした。浅草に行っても良かったが、最近の浅草ランチは暴利を貪っている感じがあるため、あまり昼時に行きたいと思わない。

 

上野に車で来た場合、上野公園下の京成上野駅駐車場に止めるのが無難だ。出入りしやすいし、丸井やヨドバシカメラで商品をなんぼか購入すると、最大2時間まで無料になる。

 

本当は恐竜展を観に行こうかと思っていたが、すでに終了しており、観たい展示がなかったので、駅前を徘徊することにした。

 

12時を回っていたので、先にランチを食べることにした。とりあえず、駐車場と提携している丸井で食べることにした。

 

食事を終えて外へ出ると、田中真紀子氏が演説していた。どうやら選挙に出馬する夫の応援らしい。田中真紀子氏は小柄なお婆さんという感じだった。テレビで観るより小さく観えた、というのはよくあることだ。大して興味が無かったので、アメ横をブラブラすることにした。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150125j:plain

 

アメ横ですれ違う人の8割以上が中国人と白人、という感じだった。最近は成金タイプの爆買い中国人が減った代わりに、ミドル層の中国人が増えているらしいが、確かにそんな風貌の中国人が多く歩いていた。

 

中高生の頃、アメ横にはよく来ていたが、あの頃の客層とは随分違ってきているように感じた。あの当時はアメ横のあちらこちらに、黒人やら中東系の外国人がうろついていて、束になった偽造テレホンカードをペラペラめくりながら近寄って来ては、「10マイ1000エンダヨ!」と耳元でささやいて、購入を迫ってきたりして、やかましかった。その当時はまだ携帯電話なんて普及しておらず、ポケットベルが大流行していた時代だったから、金の無い中高生はアヤシイ繁華街の片隅で偽造テレホンカードを購入しては、公衆電話を使って、大して内容のないメッセージをやり取りしていたものだった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150302j:plain

 

当時はスマホなんて便利なものは想像出来なかったが、本当に科学技術というものは日進月歩で、あと20年も経ったら、iPhoneなんて化石に等しいくらいガラパゴス的な存在になっているかもしれない。

 

20年前のアメ横と言えば偽造テレホンカードのほかに、中田商店のイメージが強い。中田商店は今もアメ横に健在の、マニアにはよく知られたミリタリーショップだ。私が中学生の頃は、何故か米軍のフライトジャケットが大流行していて、みな質の良いMA-1を羽織ることに憧れていたから、なけなしの金を握りしめては、中田商店へ行ったものだった。中田商店には米軍払い下げ、モノホンの軍モノが並べられていたから、涎を垂らして通い詰めるマニアも少なくなかった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150339j:plain

 

中田商店近くには、中国式に、カットしたフルーツを割りばしに刺して売っている店があった。北京でも夏になると、路上の屋台で長細くカットしたハミウリなんかを、串刺しにして売っている。ここでもスイカやメロン、パイナップルを串刺しにして売っていた。主に中国人が喜んで買っているようだった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150328j:plain

 

しばらく歩くと、ケバブ―を売っている店が見えた。ケバブ―の店は原宿と秋葉原で見た以来だ。トルコ人らしき男の店員が店頭に2人立っていて、店の前を通りかかる人を強引に引き込もうとしていた。「ケバブ、タベヨウヨ」などと馴れ馴れしい日本語で通行人を塞ぐように営業するもんだから、大抵の人は嫌がって近寄らないようだった。

 

ケバブの隣は中国人が経営するいわば小吃(軽食)な店で、店頭では揚げたての油条を売っていた。油条はいわば揚げパンみたいなもので、日本の揚げパンとはちょっと違うが、中国ではメジャーな軽食である。よく朝っぱらからこんな脂っこいもん食べるな、と思うが、北京では朝食で食べる人も少なくない。

 

東京では珍しいから、思わず「油条だ」と中国語でつぶやくと、店頭で客引きしていた中国人のオバハンが、「おいしいよ。中で座って食べてって」と中国語で話しかけてきた。昼食を食べたばかりだったので、断ることにした。何となく店にカメラを向けると、店頭のオバハンは笑顔でおどけたポーズをとった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150351j:plain

 

少し歩くと、仮面を売っている店があった。アメ横は通りを外れると途端に人気が失せる。ガード下には年季の入った小さな店が密集していたが、どうやら全面改装するのか、ほとんどの店が養生シートで覆われていた。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150402j:plain

 

御徒町まで行くのは面倒なので、Uターンして上野駅方面へ戻ることにした。再びガード下でウロウロしていると、突然、見知らぬオバハンが片言の日本語で「スイマセン」と声をかけてきた。

 

どうやら中国人観光客らしい。オバハンは中華製スマホの画面を私の方に向け、何やら日本語をしゃべろうとしているように見えたが、勉強不足なのか、それ以上、言いたい日本語が出てこない様子だった。

 

画面を見ると「百货公司」とだけ表示されていて、スマホの辞書アプリを使って表示したらしいが、日本語は表示されていないかった。私が「baihuo gongsi」と中国語で読み上げると、オバハン3人は声をそろえて「哎!」と叫んだ。日本語しか通じないと思っていた人間が、予想外にもいきなり中国語をしゃべったから、喜びつつもビックリしたらしい。

 

そもそも「百货公司」の「公司」は「~会社」の意味だと覚えていたし、「デパート」に該当する中国語は「百货商店」か「 百货大楼」のはずだろうと一瞬戸惑った。しかし、どうみても観光客らしきラフな格好をしたオバハン達が、これから何某かの会社を訪問するような雰囲気でもなかったから、きっと「百货公司」は「デパート」の意味だろうと判断して、スマホの画面を指さしながら「ここへ行きたいんですか?」と中国語で聞いてみた。

 

すると、スマホを差し出したオバハンが嬉しそうにうなずきながら、スマホを指さして「Go!Go!」とわけのわからぬ英語をしゃべるので、「この付近にデパートは無いですよ」と中国語で答えると、オバハン達が「谢谢」と言って会話が終了した。

 

そういえば、さっき行ったばかりの丸井がデパートみたいなもんだな、などと思いついたりしたが、丸井は基本的に若者向けだから、あの中年中国人の好みでは無いかもしれないな、などと勝手に判断した。

 

あまりにも暑いので、上野公園入口付近のビルにある、タリーズコーヒーへ行くことにした。嫁はタピオカ入りの冷たいミルクティーを飲みたいと言った。どうやらこのビルは最近出来たようだが、確かここには上野土産で有名な饅頭屋があったはずだ。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150426j:plain

 

タリーズコーヒーは満席だったので、しかたなくテイクアウトして、再び街を徘徊することにした。何となく、さっき見かけた中華系軽食店にあった煎饼が気になっていたので、買いに行くことにした。煎饼は北京の屋台でよく見かけるファストフードだが、北京では衛生的に危なそうな雰囲気が多かったから、これまで食べたことがなかったのだ。で、話のネタにするため、一度は食べてみようと思った。

 

店の前にはさっきと違う中国人のオバハンが立っていて、「煎饼果子を1つ下さい」と中国語で言うと、「ここで食べるか、持ち帰りか?」と聞いてきた。すかさず私が「带走,带走(持ち帰り)」と答えると、オバハンは厨房に向かって「煎饼果子一个,打抱!」と叫んだ。オバハンに300円を渡すと、オバハンはニコニコしながら「あんたら日本人?」と中国語で言い、椅子を差し出して、座って待つよう促してきた。店の奥では、中国人らしき先客が豆乳を飲んでいた。中国人は本当に豆乳が好きだな、と思った。

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改めてメニューを眺めると、あやしい日本語が書かれていることに気が付いた。メニューには「煎饼果子(菓子入り焼き餅)」と書かれていたのだ。「煎饼」は日本語的に読めば「せんべい」だが、中国語の「煎饼」はせんべいでもなければ餅でもない。「果子」は本来は「馃子」の意味で、油条や焦圈儿などの揚げパンを意味する。しかし「果子」は古い中国語では菓子を意味するらしいから、「揚げパンを挟んだ中華風クレープ」と訳すべきところを、誤って「菓子入り焼き餅」と訳してしまっていたようだった。「菓子入り焼き餅」と言ったら、日本人はアツアツのお餅の中に、アンコやぷっちょなんかが入っていると思うに違いない。これは中国人にありがちな誤訳だ、と思った。

 

5分くらいして商品が出てきた。小麦粉と刻みネギ、卵を混ぜて焼いた生地に、甜麺醤を少し塗って、レタスと油条を挟んだだけの煎饼だった。菓子など微塵も入っていなかった。

 

南方発祥の軽食らしく、甜麺醤が甘すぎて、私の嗜好には合わない感じだった。きっと甘くない北京の煎饼だったら口に合うかもしれないな、と思った。とにかく、菓子なんて入っていないから、「菓子入り焼き餅」だと思って食べた日本人は、「なんじゃこりゃあヾ(*`Д´)ノ!」と発狂するかもしれない。

 

中華系軽食店に別れを告げ、再び来た道を戻ると、中国人との会話を盗み聞きしていたらしきケバブ売りのトルコ人が、我々に向かって「ケバブ、ハオチー、ハオチー」と慣れ慣れしく話しかけてきた。どうやら私が中国語を話していたから、我々を中国人だと思ったらしい。トルコ人には中国人と日本人の見分けがつかぬのだろう。今度、機会があったらケバブを買ってあげよう。

 

アメ横を抜けて、上野公園へ行くことにした。身長に比して明らかに顔がデカすぎる西郷さんの銅像を見つつ、寛永寺へ向かった。昔は、このあたりにホームレスが沢山いたものだが、今も似たような人がチラホラいた。

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寛永寺へ行き、月の松を見た。広重が描いた松とは大違いで残念だったが、まぁ趣があって良かった。寛永寺徳川家康が天海という謎多き坊主に作らせた、鬼門封じの寺としてマニアには有名だ。江戸城から見て表鬼門、丑寅の方角に位置していて、江戸を守る結界を張るための重要な寺だったと言われている。江戸城、つまりは今の皇居の表鬼門に位置するスカイツリーと、裏鬼門に位置する東京タワーは、東京の結界を破るために秘密結社の陰謀によって建設されたとまことしやかに囁かれているが、真実はどうなのだろう。確かに、あんな電波塔があの2か所にあるのは不可解だ。荒俣宏の本を愛読していた青春時代の私なら、きっと将門の怨念だとか、わけのわからぬことを想像してしまいそうだが、きっと庶民には将来も真相などわからぬだろうと思う。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150455j:plain

 

寛永寺をお参りした後は不忍池へ行って、弁天堂へお参りすることにした。嫁と参道を歩いていると、大胆にも素手でたこ焼きを食べている白人家族がいた。このあたりは何故か中国人よりも白人が多かった。みな一眼レフを首からぶら下げて、写真を撮っていた。 f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150518j:plain

 

お堂の横にある休憩所では、観光客らしき白人少女2人が、小さな亀を片手にスマホで写真を撮っていた。どうやら、地元民らしきジジイが、自分が飼っている亀を連れてきて、観光客が座るテーブルに放して、遊んでいるようだった。老若男女が集う境内で、可愛げなteenagerばかりを相手に亀を放している様子は、どうも猥褻な感じと言うか、スケベな感じがしたが、もしかしたら私の豊かな想像力が暴走しているだけかもしれぬから、放置することにした。 f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150528j:plain

 

その後はしばらく、池の中にチョコチョコ咲いている蓮の花を眺めたりしていたが、あまりにも暑いので、帰宅することにした。  

 

自宅へ帰る途中、新宿通りでピーポ君とピー子を見つけたので、ここぞとばかりに、記念撮影しようということになった。早速、交差点を左折し、新宿2丁目付近の「男性マッサージ専門」という怪しげな看板を掲げた店の近くのコインパーキングに車を止め、急ぎ足で交差点へ向かった。

 

しかし、ピーポ君とピー子の「中の人」の勤務時間は17時までらしく、通りかかった時は16時50分くらいだったが、無慈悲にも2匹は交番に吸い込まれるように消えてしまって、記念撮影は出来なかった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150548j:plain

 

胆嚢結石の予防と治療(『中華医薬』に学ぶ実際の症例)

今回参考にした中華医薬は、胆嚢結石についてである。ここ数年、メディアの影響で小食、粗食がブームになっており、1日1食が良いと主張する人もいれば、1日2食が良いと主張する人もいる。3食は獣、2食は人間、1食は聖などと言う人もいる。インドには食事を一切摂らず、「私は太陽を眺めているだけで生きてゆける」と主張する人もいるらしい。体を浄化するという断食も、根強い人気がある。

 

確かに大食、過食、偏食は心身を狂わせ、健康を損ねる可能性が高い。しかし常軌を逸した小食も、健康を損ねる可能性がある。仙人は霞を食って生きていると言われているけれども、あくまでそれは仙人の話であって、常人はちゃんと食べなければ生きてゆけない。今のところ、美食を避け、粗食を基本とし、朝晩は少な目、昼をメインにした食事法が最良だと考えられるが、現代人の生活環境、生活形態は様々であるから、メディアに惑わされず、各々が最良の食事法を見つけるしかないだろうと思う。

 

胆嚢結石の予防と治療(『中華医薬』に学ぶ実際の症例) 

「肝胆相照(gandanxiangzhao)」という故事成語があるとおり、肝臓と胆嚢には密接な関係がある。胆嚢に問題が出た場合、肝臓の解毒機能や胆汁による脂肪の消化に影響が及ぶ。人体において胆嚢は重要な臓器である。

 

《Zさんの症例》

44歳のZさんは北京の飲食業の会社の会計をしている。彼女は入社以来、真面目に働いてきたが、2015年の初め、突然の腹痛に襲われ、まともに働くことが出来なくなってしまった。彼女は2015年に入ってから、ずっと胃の不快感を感じていた。最初の数か月は1~2週間に1回痛んだ。それはまるで、腹の中を紙やすりで削られているような痛みで、立っていることも座っていることもままならなかった。言葉では表現しがたい痛みだった。その後、痛みが数時間続くようになったため、会社に休暇をもらい、しばらく自宅で休養することにした。特につらかったのは空腹時の右上腹部の膨満感で、少し何かを食べると治まった。

 

当初、彼女は仕事が忙しかったため、食事時間が不規則になっていたのが原因だと思い込んでおり、数日休めば好転するだろうと考えていた。しかし時間が経つにつれ、症状は耐え難いほど悪化していった。1日中ずっと痛むようになり、背中も痛み出した。彼女はまともに働けないだけでなく、まともに眠ることさえ出来なくなった。ベッドに横たえて、体の向きを変えても、痛みは消えなかった。彼女はついに耐えられなくなり、病院で検査を受けることにした。 

 

《医者の誤診》

医者は彼女の生活習慣について、いくつか詳細に問診した。問診を終えると、医者は「胃炎でしょう」と言った。そして、胃炎を緩和させる薬を処方し、自宅で服用するように言った。彼女は自宅に帰って薬を飲むと、少し症状が緩和された気がした。痛む時間が減ったようだった。彼女は薬を飲み続ければ治るだろうと思った。しかし、しばらく薬を飲み続けたところ、食欲不振になり、再び右上腹部が痛み出した。

 

胃炎は多くの原因によって起こる胃粘膜の炎症で、上腹部の不快感、鈍痛などの症状がみられる。通常は消炎鎮痛薬を服用することで痛みが緩和される。では、なぜ彼女は数か月も薬を服用したのに、炎症が治まらず、右上腹部痛や食欲不振が出たのであろうか。

 

おかしいと感じた彼女は、再び病院へ行き、自分の体に何が起こっているのかをちゃんと確かめることにした。超音波検査をすると、胆嚢結石が見つかった。医者は、胃痛や背部痛はこの結石が原因であろうと言った。しかし、なぜ彼女は胆嚢結石が出来たのだろう。彼女は非常に驚いたが、特に珍しいケースではなかった。

 

《Wさんの症例 》

Wさんは24歳だ。彼は3年前から突然の腹痛に襲われ、大学生活を楽しく過ごせていない。夏のある夜、冷えたビールを2本ほど飲み、その晩、帰宅後に体に異常感が現れた。22時頃に腹が締め付けられるように痛んだので、病院へ行くことにした。しかし、一般の外来受付時間はとうに終わっており、急患として診てもらうため、急いで手続きをとった。医者は飲酒による胃炎だろうと診断して、手早く数種の消炎剤を処方しただけだった。彼は、胃炎の治療は時間がかかるものであり、特別な治療法はないと信じていたため、その後は悪い生活習慣を改め、規則正しい生活をするように心がけることにした。同時に処方された薬も飲み続けることにした。

 

彼は5年ほど、朝食をほとんど食べない習慣を、依然気にしていなかった。腹痛は冷たいビールを2本飲んだことが原因だと思い込んでいた。しかし、事態は彼が考えているほど簡単ではなかった。思ってもみなかったことが起こったのだった。

 

2012年の10月頃、彼が同級生とパーティーへ出かけた時の話だ。会食を終えて、帰宅した後、深夜2時頃にまた腹痛が始まった。それは表現しがたいほどの痛みで、朝まで眠れなかった。痛みでベッドをのた打ち回った。やっとのことで夜が明けると、彼は急いで病院へ行き、自分の体に何が起こっているのかを検査してもらうことにした。超音波検査の結果はさらに彼を驚かせるものだった。胆嚢炎および胆嚢結石であると診断された。彼は当時21歳で、まさかこんなことになるとは思わなかった。彼は中高年がなる病気だと思っていたから、自分の状況を受け入れることが出来なかった。

 

胆嚢結石は40歳以降に発症しやすい胆嚢疾患の一種だ。では、なぜ21歳の彼に胆嚢結石が出来たのだろうか。胆嚢結石と診断したあと、医者はWさんの生活習慣について詳しく質問した。

 

ZさんとWさんには共通点がある。まず、二人とも最初は胃炎と診断され、最終的に胆嚢結石だと診断された。胃炎と胆嚢結石を発症した時、現れる症状にはどんな違いがあるのだろうか。胃炎と胆嚢結石の痛みは似ているため、一般的に胃炎と胆嚢炎は混同されやすい。

 

《胃炎と胆嚢炎の見分け方》

では、医者はどのように区別するのだろうか。胆嚢は消化器系において重要な臓器の1つだ。もし胆嚢の中に結石ができた場合、胆嚢が収縮すると結石が胆嚢頸部に移動するため、右上腹部に張るような痛みが現れる。ひどい時は締め付けるような痛みが出る。胃炎の場合、胃が張るような痛みや、胃もたれ、げっぷがみられるが、通常は特に目立った症状は現れない。

 

自宅で腹痛がなかなか治まらない時は、胃と胆嚢のどちらに問題があるか調べる簡単な方法がある。まず、胆嚢の体表投影点を探す。右季肋部(肋軟骨)の下縁と腹直筋の外側の間で、臍から3~5指頭くらい右斜め上方の部位を胆嚢の体表投影点とする。ここを、深く息を吸いながら親指で押し、突然呼吸が停止するほど痛むようであれば、これをマーフィー徴候と言って、胆嚢に問題があるとみる。通常、胃炎にはこのような徴候はみられない。

*深吸気時には肝臓が下降して胆嚢に触れるため、疼痛を感じて吸気を止める。急性胆嚢炎の古典的かつ理学的診断法。

 

《朝食と胆嚢結石の関係》

実は、Zさんの家族には胆嚢結石患者がいた。彼女の兄も、10年前に胆嚢結石の手術を受けていたのだ。兄と妹が罹患しているということは、胆嚢結石には遺伝性があるのだろうか。また、Zさんの兄はどのような経緯で胆嚢結石になったのだろうか。

 

「兄は毎日お酒を飲んで徹夜していて、基本的に朝食は食べていないと思います。夜型で明け方になって就寝するため、いつも起きるのが昼の11~12時くらいです。兄は大学を卒業してから、ずっとそんな生活だったと思います。」とZさんは言った。彼女は兄と違って、徹夜したこともなく、自分の生活習慣に偏りはないと思っていた。では、なぜ彼女は胆嚢結石を患ったのだろうか。彼女との雑談を通して、あることがわかった。以下は最近1週間の彼女の食事の内容だ。一定の傾向があるのがわかるだろうか。

 

月曜日(朝食:なし、昼食:土豆牛肉、夕食: 排骨炒豆角)

火曜日(朝食:なし、昼食:烧茄子、夕食:炖牛肉、酸菜白肉)

水曜日(朝食:なし、昼食:猪肉粉条、夕食:西兰花、炖鸡翅)

木曜日(朝食:なし、昼食:魚、夕食:麺類)

金曜日(朝食:なし、昼食:红烧鸭架子、夕食:外食)

 

つまり、朝食はほとんど食べておらず、夕食の量が多いのだ。彼女は今の会社で働き始めて7~8年になるが、この仕事に就いて以来、時間通りに朝食をとったことがない。朝食は食べないことの方が多い。また、比較的脂っこい料理ばかりで、昼食も夕食も時間が一定しておらず、1日3食を決まった時間に食べたことがなかった。では、Zさんと彼女の兄が胆嚢結石になったのは、朝食を抜いていたことに原因があるのだろうか。彼女は、朝食を抜いていたことに、胆嚢結石の直接の原因があるのではないかと考えた。

 

《李月廷医師の考察》

北京市中西医結合医院普外科(一般外科)の主任医師である李月廷医師は、「朝食を食べないことは、確かに胆嚢結石の原因の1つにはなり得ますが、原因はそれだけではありません。結石が出来る原因は主に3つあります。1つ目の原因は、胆汁の中のコレステロールや胆汁色素などの濃度がひどく高くなって、胆石の基礎が出来ることです。しかし、コレステロールの濃度が高くなったとしても、結石が出来るとは限りません。つまり、豆乳を豆腐にするにはにがりを入れなくてはなりませんが、胆汁の中にもにがりのように作用する成分があり、それが胆汁の中の有形成分の沈殿、結石化を促すのです。2つ目の原因は胆嚢の機能そのものにあります。もし、胆嚢の機能が非常に良ければ、胆汁の有形成分が溜まっていたとしても、胆嚢が収縮したときに、胆汁が十二指腸から体外へ排出されます。つまり、胆嚢の働きが正常であれば結石を予防出来ますが、胆嚢の働きに問題があると、結石が形成されやすくなります。3つ目の原因は、朝食をとらないことです。朝食を食べないと、空腹時間が非常に長くなります。例えば、夜から次の日の昼まで食べないでいると、肝臓で生成された胆汁が胆嚢の中でどんどん濃縮されます。そうすると、胆汁の中の有形成分の濃度も高まります。すると、胆汁の中のにがりのような成分が作用する時間が長くなるため、沈殿する成分が増加します。もし、このような状態で食物を摂取すると、胆嚢の働きが低下していて沈殿した成分を排出しにくくなるため、結石が出来やすくなるのです。したがって、朝食抜きの生活は、結石形成を促す1つの要因になり得ます。自分の健康をコントロールするためには、朝食は食べた方が良いのです。」と主張する。

 

食事時間の間隔が長ければ長いほど、胆汁の分泌量は増える。しかし、朝食をとることで、夜間に濃縮されていた胆汁を排出することが出来る。したがって、年齢が若くても、朝食を抜くと胆嚢結石の発症率が上がる。実際に、最近では年代を問わず、胆嚢結石の発症率が上昇している。若者は仕事のストレスが増大し、生活リズムが速くなっており、忙しすぎて朝食を食べることが出来る人は極わずかだ。さらに、昼間も忙しいため、昼食は適当に済ませ、夕食はタンパク質や脂肪が多いメニューにしがちだ。また、運動する時間もないため、若いうちから肥満や高脂血症になることがある。最近の子供によくある脂肪肝はその一例だ。つまり、朝食抜き、高コレステロール食品の過剰摂取、食物繊維の摂取不足、運動不足などが、近年の若者の結石を助長させているのだ。

 

《夜間痛の理由》 

胆嚢結石に夜間痛が多くみられるのはなぜだろうか。就寝して体を横にすると、結石は胆管へ移動する。夜に疼痛が出やすいのは、これが原因だ。つまり、体位の変化によって、結石が胆嚢頸部に移動したり、胆管を塞いだりして、痛みが出る。日中に激しい痛みが出にくいのは、結石が胆嚢の底にあるからだ。

 

《Zさんのその後》

Zさんは、医者に「胆嚢が機能していないから、胆嚢を摘出したほうがいい」と言われた。しかし、彼女は自宅へ帰って夫と相談し、「胆嚢は本来必要があるから体に備わっているわけで、無暗に摘出するべきではない」と決断した。実際に、胆嚢は小さな臓器ではあるが、体内においては非常に重要な働きをしている。胆嚢は胆汁を蓄えるだけではなく、食物の消化を助ける作用がある。

 

結局、彼女は胆嚢を摘出しないで済む治療法を探すことにした。いくつもの大病院を駆け回った。ある病院で入院して検査した結果、彼女の胆嚢の機能は健全で、胆嚢の中の結石を取り除けば、胆嚢を摘出しなくても良いということがわかった。そして彼女は8時間におよぶ手術によって、胆嚢の中の結石を全て取り除くことに成功した。

 

《胆嚢摘出のリスク》

胆嚢を摘出すると、人体には多くの影響が現れる。その中で最も多くみられるのが、消化機能への影響で、消化不良や膨満感、下痢などが現れるようになる。他にも、胆管結石のリスク増加、逆流性胃炎、大腸癌のリスク増加、非アルコール性脂肪肝、心臓・脳血管障害のリスク増加などがある。確かに、胆嚢に病巣があるならば、胆嚢を摘出しなければならないケースもある。しかし、胆嚢が機能していて摘出する必要がなければ、摘出しない方が良い。

 

《手術の歴史》

1867年にはアメリカの外科医が30歳の女性患者の胆嚢を切開して、結石を取り出している。しかし後に、この方法は再発率が80~90%であることがわかった。1882年にはドイツの外科医が臨床観察や動物実験、解剖学の研究を経て、世界で初となる胆嚢摘出手術を実施した。その後、胆嚢摘出手術が広まったが、医療設備が飛躍的に発展すると、1987年にはフランスの産婦人科医が、患者の手術中に胆嚢結石を発見し、腹腔鏡を使って胆嚢を摘出した。手術痕が非常に小さく、回復も早かったため、その後は腹腔鏡手術が全世界に広まった。現在、アメリカでは毎年50万例以上の胆嚢摘出手術が行われている。しかし、どのような手術が適合するかは患者によって異なるため、超音波検査などによって専門家が総合的に判断し、どの手術にするかを決めなくてはならない。

 

《術後の管理》

手術で胆嚢の中にある結石を取り除いたとしても、肝臓が分泌する胆汁は変わらないため、再び結石が出来る可能性がある。そこで中药(≒漢方薬)を用いて、再発を予防する必要がある。北京市中西医結合医院中医内科の主任医師である徐春凤医師は「臨床でよく使われるのは筚拨(bibo、コショウ科の植物である筚拨の穂)、金钱草(jinqiancao)、柴胡(chaihu) などの疏肝利胆作用がある药材(≒生薬)です。」と言う。

 

筚拨には温中散寒(wenzhongsanhan)、行气止痛(xingqizhitong)の効果がある。最近の研究では、筚拨に含まれる胡椒碱(hujiaojian、ピペリン)に、高コレステロール食品に起因する胆嚢結石を予防する効果があることがわかっている。また、血中総コレステロールとLDLの値を下げる明らかな効果もある。さらに、免疫調節作用(抗腫瘍、抗疲労、抗うつ、抗潰瘍)があり、心筋の保護作用もある。そのため、臨床では疏肝利胆と免疫調節を備える中草药(≒漢方薬)としてよく用いられている。

 

《胆嚢結石になりやすい人》

胆嚢結石になりやすい人はどんな人だろうか。胆嚢結石はよくみられる病気で、人種や生活環境、生活習慣と密接に関係している。罹患者には「5F」という5つの特徴がみられ、Forty(40歳)、Fat(肥満)、Family(家族歴)、Female(女性)、Fertility(多産)に当てはまる人が罹患しやすいことがわかっている。

 

胆嚢結石は年齢が上がるほどに罹患しやすく、70~80歳の20~30%が胆石症に罹っていると言われている。肥満の人は、肝臓でコレステロールの合成を促す特殊な酵素が生成されるため、コレステロールの合成が増えると、胆汁の中のコレステロールが増え、結石が形成されやすくなる。家族歴に関しては、1995年にアメリカで研究され、ラットに結石の形成に関係する遺伝子が存在すること発見されている。世界的にみて、女性の胆石症の発症率は男性の2倍である。これは、女性特有のホルモンに関係していると言われている。また、子供を沢山生んだ女性は、胆嚢結石の発症率が高いことがわかっている。

 

中国国内における胆石症の発症率は、1995年の時点では7%であったが、現在は10%で、年齢に関わらず発症率が上昇している。2011年の時点では、結石とポリープを含む胆嚢の良性疾患の発症率は15%程度だった。

 

《結石に良い食事》

まず、バランスのとれた食事が重要だ。特に、ビタミンAが多く含まれる人参、トマト、キャベツなどの緑黄色野菜や、バナナやリンゴなどの果物を食べると良い。高コレステロール食品である動物の心臓、肝臓、脳、腸、卵の黄身、ピータン、魚の卵、チョコレート、肉の脂身、揚げ物は避けるようにする。

 

また、食の安全衛生にも注意し、食事は定時定量を心がけ、夕食から朝食までの時間が空き過ぎないようにする。暴飲暴食は胆汁を大量に分泌させ、胆嚢が強烈に収縮して胆嚢炎になる可能性があるため、避ける。さらに、適度な運動も必要で、長時間の座位は避ける。毎日良い気持ちで過ごし、感情を安定させておき、過労や過緊張は避ける。

日本鍼灸のカオス

もうすぐ、産業廃棄物管理票の提出期限だ。東京で産業廃棄物の処理を業者に委託した鍼灸院は、前年4/1~今年3/31の管理票を6/30までに、東京都環境局あてに送付するよう義務付けられている(八王子市は別らしい)。

 

鍼灸を業にしていると、当然ながら血の付いた綿花や使用済の針がゴミとして出るが、これらは感染の危険性があるから、一般ゴミに混ぜて捨ててはいけないことになっている。ゆえに指定の業者と契約して、処理を代行してもらう手筈になっている。

 

しかし、こういった重要なことが、鍼灸学校でちゃんと教えられていないケースが多々あるそうで、マニュフェストの受け取りや報告書の提出など、業者とのやり取りに関して全く知識がない鍼灸師も珍しくない。いや、むしろ、知っている人は全体の1割以下ではなかろうかという感じが、最近はしないこともない。

 

実際に、知ってか知らずか、数年前、都内でも鍼灸院で出た医療廃棄物を一般ゴミに混ぜて捨てていた鍼灸師が逮捕されている。大したニュースにはならなかったが、そういう状況は氷山の一角ではないかという疑念が年々強くなっている。

 

私が卒業した鍼灸学校でも、産業廃棄物の具体的かつ正しい処理法を詳細に教えていなかったが、知り合いの鍼灸師にヒアリングしてみても、他校でも未だに似たような状況らしい。

 

ただでさえ鍼灸はインチキだとか、プラシーボに過ぎないとか、怖いとか、危ないとか、効かないとかいうネガティブな世論が相変わらず大多数を占めているのだから、最低限、使った針の廃棄くらいはマトモにやってもらいたいものだ。

 

多くの鍼灸師は治療の効果がどうとか、あの流派はどうだとか、どうやったら売り上げが伸びるかなんてことばかりにこだわる。しかし、「その前に産業廃棄物を適正に処理しなさい」とツッコミたいところだが、基本的に鍼灸師は人の話を聞かない人が多いから、どうにもならぬ。特に、私のように権威や肩書のない人間の話なんて、誰も聞く耳を持たないだろう。まぁ、だからと言ってイ〇ンド大学名誉教授とか、〇〇協会理事とか、わけのわからぬ肩書を背負って、むやみやたらに己を権威付けして人を集めようとは思わぬ。

 

日本では、鍼灸学校に入るまではニートや社会的弱者だったような人が、白衣を羽織ってあたかも医者のような素振りで鍼灸業を営んでいるもんだから、「白衣を着ているから鍼灸師は医者の一部なんだろう」と、わけのわからぬ思い込みを抱いてしまう患者がたまにいる。かといって、一部の鍼灸師のように作務衣を着るというのも感心出来ぬ。

 

実際、日本には「〇〇医学センター」などと、医療機関と勘違いさせるような屋号を付した鍼灸院があったり、「私は鍼灸医だ」とか、「私の前世は医者だった」とか、「中国デハ医者ヲシテイマシタ」などと恥ずかし気もなく叫んでいるオエライ鍼灸師が実在するから、素人にはもうわけがわからないだろうと思う。

 

特に、都心部では作務衣を好んで着用するカ〇トな鍼灸師もいたりするもんだから、素人には鍼灸師が医者なのか、出家者なのか、易者なのか、玄人のフリをした素人なのか、全くもって見分けがつかぬようなカオスな状況になっている。そのうち、きわどいコスプレしたり、袈裟や白装束を着て施術する鍼灸師が現れるかもしれない。いや、今の由々しき日本鍼灸界の現状を鑑みると、すでにそういう鍼灸師が存在しているかもしれない、と思えないこともない。彼らは鍼灸を神秘的で特別な「医療」だと捉え、あえて白衣を脱ぐことで、自分たちを特別な「医療人」だと思い込んでいるのかもしれない。

 

鍼灸師が作務衣を着るという行為の潜在意識には、医師や現代医学に対する一方的な妬みや癖論、悪い思い込みなどがあるように思えてならぬ。つまり、出家者や浮世離れの象徴であるような作務衣を着ることで、鍼灸に批判的な世論から逃れ、鍼灸の科学化や進化を拒み、鍼灸を現代医学の対極にある尊いものであると信じているように見えるのだ。それはまるで、反抗期の子供がただ現実逃避して、小さな世界に閉じこもっているだけのようにも見える。

 

真面目に鍼灸の効果を検証したり、鍼灸で医師や患者、他の医療関係者の信頼を得ようと思えば、作務衣を着て施術したり、一部の人間しか理解出来ぬ「気」がどうのこうのとか非科学的なことを大々的に主張すべきではない、と私は考えている。また、論拠があいまいで効果が一定していないような施術や、一見して鍼灸院と認識出来ぬような屋号を付けたりすることも、まず避けるべきだと思うが、やはり想像力が欠如した輩は益々鍼灸界を貶めているようでどうにもならぬ。

 

日本においては未だに鍼灸の社会的許容度は低いのだから、出来る限り病院などの医療機関に比べて見劣りしない程度の設備や、施術スタイルを整えて、より科学的かつ効果の高い鍼灸を提供出来るよう地道に研究してゆかねばならぬと思う。

 

もちろん、確実に効果があり、誰もが客観的に認められる技術を備える鍼灸であれば、ある程度崩れたスタイルでも、誰も理解出来ぬような思想に基づいた施術でも一向に構わぬとは思うが、実際には、そんなアンビバレンスかつアンチノミー的な鍼灸は存在が困難であると思う。

 

鍼灸院における衛生管理は、まず第一に考えねばならないが、白衣を着ずに作務衣で施術する時点で、衛生管理への想像力や、衛生管理における知識が大幅に欠落していると言えるかもしれない。もし、病院で作務衣を着ている医師や、コメディカルがいたら、患者はどのように捉えるだろう。そもそも作務衣は僧侶が着るものだ。患者によっては不安を抱くかもしれないし、キ〇ガイだと思って近寄らぬかもしれない。医療従事者にとって白衣の着用はスタンダードであるが、特に社会的信用度の低い鍼灸師においても、スタンダードであるべきだと思う。

 

今、日本の鍼灸業界に一番必要なことは、患者に有用な情報や施術を提供しつつ、信頼関係を築いてゆくことだと思うわけだが、どうも日本の鍼灸界では、世間に誤解を与えるようなスタイルの鍼灸師が少なくないように思えてならぬ。

 

中国で鍼灸を施す場合、まずは西洋医学的な検査をしたうえで、脈を診たり、舌を診たりするのだが、日本では完全な分業になってしまっていて、診断権は医師にしかないから、鍼灸師は診断が出来ず、独自に病態を「判断」するしかない。

 

ゆえに、「私は気が見える」とか、「オーラが見える」とか言って、アッチ系のいかがわしい治療がメインになる鍼灸師も少なからず存在していて、ソッチ系にどっぷり浸かってしまうと、もはや廃棄物処理法などどうでも良くなってしまうのかもしれない。

 

ちなみに、私は気の存在を全否定しているわけではない。世の中には視覚で捉えられぬ物質なんて沢山あるのだから、気のような物質が完全にないとは言い切れない。

 

日本の鍼灸師もまずは使った針を適正に処理しつつ、院内の衛生管理を徹底し、安全な刺鍼法を踏まえた上で、効果的な刺鍼法を探究すべきだと思うが、なかなかそういう考え方をする鍼灸師は少ない。

 

 

腎臓病の予防と治療(『中華医薬』に学ぶ実際の症例)

今回、参考にした中華医薬は、腎疾患の予防と治療についてである。最近は副作用がないと信じて気軽に、不要なほどの漢方薬サプリメントの類を毎日欠かさず摂取している人がいるらしい。そして、それらの過剰摂取によって、知らず知らずのうちに、腎障害に至るケースも少なくないようだ。日本では透析を始めてしまうと、その後は絶望感に苛まれながら、限られた余生を全うせねばならぬようなケースも珍しくない。ちなみに私の父親も透析を始めてから数年後に、50歳を迎えぬうちに、多臓器不全で亡くなってしまった。

 

確かに、外科などでは名医と呼ばれる医師が日本にも存在するけれども、腎疾患に関して言えば、北京中医薬大学東直門医院の王耀献医師が、真の名医と言えるかもしれない。中国の医療は遅れていると根拠なく叫ぶ人もいるが、中国では西洋医学と中国医学を同時に学んだ無数の医師が切磋琢磨しているから(当然ヤブ医者もいるようだが)、傷寒論を少しだけかじっただけのような日本の医師よりは、マトモな医師が多いように思える。黄帝内経さえロクに読んだこともない日本の鍼灸師からしたら信じられぬだろうが、中国では黄帝内経を暗唱する中医師など珍しくない。

 

【腎臓病の予防と治療】

腎臓は排毒に関係する重要な臓器の一つだ。もし腎臓が障害された場合、我々の体や生活には、どのような変化が現れるのだろうか。また、どのように腎臓を保護し、腎臓病の進行を防げば良いのだろうか。

 

《中年のZさんのケース》

十数年前までZさんは仕事も家庭も順調で、幸せだった。年齢は50歳に近づいており、肥満が目立って来ていた。Zさんは子供の頃から運動することが好きで、いつも体は絶好調で常に力がみなぎっていた。しかし、ある時、突如として不調が現れた。赤い尿が出たのだ。それはまるでトマトジュースケチャップのような色だった。その後、病院で24時間分(3650ml)の尿を化学検査すると、尿は全て水に等しい状態であることがわかった。つまり、腎臓が体内の老廃物を排出出来ていなかったのだった。この時の腎クリアランス(腎臓の濾過能力)は14%だった。これはZさんの腎臓が完全に機能を失っていることを意味していた。医師は慢性腎不全に移行する可能性があるから、すぐに入院すべきだと言った。医師は様々な治療法を試したが、病状が好転することはなく、次第に悪化していった。入院して1か月ほど経っても、検査数値は悪化したままだった。医師は悪化する速度が速すぎると言った。Zさんが「私はこれからどうなるのか」と聞くと、医師は「長くても余命2年でしょう」と言った。Zさんは寝耳に水で強いショックを受けたが、どうすることも出来なかった。Zさんの妻はこの話を聞いて頭が破裂しそうになり、頭皮が異常に冷たく感じられた。もうどうすれば良いかわからなかった。Zさんは家に帰ると、事の重大さを強く感じるようになり、ベッドから起き上がることさえ出来なくなってしまった。当時は家に妻と2人だけで何もやる気にならず、トランプでポーカーでもして気を紛らわそうとしたこともあったが、カードを切る力さえ出なかった。腎不全はまことに恐ろしい病態である。Zさん夫婦はこの事実を受け入れることが出来なかった。ずっと誰よりも健康だったZさんが、なぜ突然、こんな重病を患うようになってしまったのだろうか。とにかく病状の進行を食い止めるため、腎不全の原因を探らねばならなかった。思い起こしてみると、Zさんは3か月前に突然高血圧になったことがあった。しかし、その時は大して問題ないだろうと思って気にしていなかったが、今思えば、腎不全と何か関係があったのではないかろうか、とZさん夫婦は考えた。

 

《北京中医薬大学東直門医院、王耀献院長の考察》

突然の高血圧と腎不全は大いに関係がある。高血圧と腎臓病の関係は主に2種類ある。1つ目は高血圧が腎臓損傷の引き金となるとなるケース(高血圧腎症、腎硬化症)で、2つ目は腎臓病が高血圧の引き金となるケース(腎性高血圧)だ。王院長が医学生だった頃、叔母が高血圧だった同級生がいた。その叔母は尿検査をしていなかった。医学部を卒業する時、その叔母が入院することになった。尿毒症だった。この時、王院長はすぐに悟った。叔母の高血圧は腎臓病が引き起こしていたのだと。この出来事があって以来、王院長は自分の研究室の大学院生には、2つのことを肝に銘じておくよう言いつけている。1つ目は「腎臓病の患者に出遭ったら、必ず血圧を測定すること」、2つ目は「高血圧の患者に出遭ったら、必ず尿検査をすること」だ。以上のことからZさんの病状を考察すると、腎臓病が高血圧の引き金になったと考えられる。つまり、腎性高血圧だったのだ。一般的に腎臓病は重症になればなるほど、高血圧を発症する可能性が高くなる。Zさんは高血圧を発症した時、すでに事実上は腎臓が機能していなかったのだ。高血圧は慢性腎不全の危険因子の一つで、高血圧患者の14.5%に蛋白尿がみられ、その内の10%の患者は腎不全になる。もし高血圧をコントロール出来なければ、5~10年以内に腎臓を損傷する可能性がある。尿の状態は腎臓の健康の指標になり、ほとんどの腎臓病は尿に異常が反映されるから、尿検査は重要である。

 

《尿の異常の見分け方》

腎臓に異常が出た場合、尿はどのように変化するのだろうか。それは簡単な実験で確かめることが出来る。まず、水を入れたビーカーを2つと、大きめの注射器を2つ用意し、1つの注射器には水を、もう1つの注射器には卵白を混ぜた水を入れておく。そしてビーカーの中に、それぞれの注射器の中身を高い位置から注入する。すると卵白水が投入されたビーカーは水が泡立ち、泡が消えないが、水だけが投入されたビーカーは少し泡立つものの、すぐに泡が消えてしまうことがわかる。つまり排尿した時、便器の中の尿が沢山泡立ち、しばらく経っても泡が消えないようならば、尿に蛋白が多く混入している蛋白尿であると判断できる。では蛋白尿である時、腎臓はどうなっているのだろうか。蛋白尿が出る時は、事実上は腎臓が機能していないことになる。

 

《糖尿病と腎臓病》

高血圧以外に、腎臓病を引き起こす要因はあるのだろうか。高血圧よりさらに危険な因子になり得るのは糖尿病だ。糖尿病患者の34.2%が蛋白尿を発症する。これは糖尿病患者の1/3の割合であるから、非常に多い。もし糖尿病患者が腎臓を損傷した場合、尿毒症に至って透析が必要になる速度は、他の腎疾患に比べて14倍速い。ゆえに、糖尿病は慢性腎不全になる確率が非常に高い。したがって、糖尿病は腎不全を引き起こす最大の危険因子である。また、高尿酸血症も同様に危険因子となりやすく、痛風以外にも、腎結石、腎梗塞、間質性腎炎、急性腎不全、慢性腎不全の原因にもなる。ゆえに、如何にして腎臓を保護するかが、腎不全の最大の予防になる。予防として最も重要な方法は、まずは高血圧、糖尿病、高尿酸血症などの危険因子を確実に取り除くことだ。早期検査をするなど積極的な予防と治療を行い、血圧、血糖値、血中脂質のコントロールに努め、危険因子を排除しながら、腎疾患を未然に防ぐことが必要だ。

 

《早期発見の重要性》

腎疾患の早期発見率は高いのだろうか。イギリスの著名な医学雑誌である『The Lancet』において、2012年に発表された論文である『中国における慢性腎疾患の疫学調査』によると、約5万人の成人した中国人(18歳以上)を対象に調査した結果、腎疾患の発症率は10.8%であった。中国には推計1.2憶人の慢性腎疾患患者が存在するが、国内での慢性腎疾患の認知度はわずか12.5%だ。中国における慢性腎疾患の認知度はなぜこれほどまでに低いのか。なぜなら腎疾患は早期の段階では、明かな臨床症状が現れないからだ。リスクが高い患者は定期的な尿検査や腎臓の超音波検査を行い、特に高血圧患者や糖尿病患者は、定期的な蛋白尿の検査が必要だ。腎疾患の患者は、病状が末期になってから病院へ訪れることが多い。腎疾患の初期症状がはっきりと現れないからだ。Zさんの場合も同様に、初期症状が無かったため、自分は健康であると思い込んでしまっていたのだ。症状に気が付いた時は、すでに病気の進行速度が上がってしまっていた。

 

《Zさんの経過》

病は雪崩のように襲い掛かってきた。元々は健康だったZさんにも、この病を前にしては、もうどうすることも出来ない状況だった。入院して1か月が経過した頃になってもZさんの病状は一向に好転する気配が見られず、どんどん悪化するばかりだった。医師からは余命2年を宣告された。Zさんは死ぬことは怖くなかったが、50歳で死んでしまうことがつらかった。Zさんの妻は『肾病300问』を2冊買って、ボロボロになるまで何度も読んだ。医師はZさんの妻に、「恐怖感に苛まれるだろうから、そういう本を読んではいけない」と言った。確かにZさんの妻は読んでいて怖くなったが、夫を助けたいという一心で、本を読み続けた。医師は死を宣告したが、Zさん夫婦はあきらめなかった。特にZさんの妻は、頑なに医師の宣告を受け入れなかった。Zさん夫婦は13歳からずっと一緒で、片時も離れたことがなかった。「夫が死んでしまったら、本当にどうすればいいのかわからない」と、Zさんの妻は言った。とにかく夫が元気でいてくれることが、妻の何よりの願いだった。Zさんの妻は死神と戦うことを心に決めた。

 

 《透析治療の開始》

 Zさんの妻は、名医と良薬を求めて、四方八方へ飛び回った。しかし、中々思うようにはいかなかった。しばらくして腎疾患の権威がいる病院があることを伝え聞き、夫を入院させることにした。入院した当初、Zさんのクレアチニンの数値は700以上だった。その当時、標準値は132とされていたが、現在、標準値は104と改められている。700を超えていたため、尿毒症と診断された。医師には「彼は呼吸器と循環器も障害されているから、助からないだろう」と言われた。病は全身を蝕んでいた。Zさんの妻は腎不全の恐ろしさを知った。全ての治療が無効な状況で、医師は透析治療を行うことにした。しかし、Zさんは透析が良くないものだと知っていたため、医師の提案を拒否した。また、経済的な負担の大きさと、透析によって永遠に病人になってしまうという恐怖感も、Zさんに透析を拒ませた。最終的には妻の支えにより、Zさんは透析治療に同意した。

 

《名中医と出逢う》

2か月間の透析治療によって、Zさんの血清クレアチニンの値はだんだんと下降してきた。300前後までは下がった。しかし、それ以上に下がることはなかった。万策尽きた西医(西洋医学専門の医師)は、Zさんに退院と、中医中医学専門の医師)の治療を勧めた。主治医の勧めにより、Zさん夫婦は腎疾患が専門の中医を訪ねることにした。Zさんは期待していなかったが、他に方法がなかった。Zさんは中医で治るなんて信じておらず、「まさに‟死马当活马医(可能性が無くてもやってみる)”という状況だった」と言った。しかし、「山穷水尽疑无路,柳暗花明又一村(行き詰まったとしても、何らかの活路はある)」という故事があるように、奇跡が起こった。中药(≒漢方薬)を飲み始めて1か月余りが過ぎた頃、とうとう全ての数値が正常な値に戻ったのだった。

 

中医と西医》

Zさんの担当医だった中医師の王院長は、当初は治せるという自信がなかった。なぜならZさんを紹介した西医師が電話で、「もし、Zさんの血清クレアチニンの数値を下げることが出来たならば、我々西医は中医に跪(ひざまず)いてやろう」と言ったからだった。王院長は「私も神ではないから治せるかどうか断言は出来ないが、何とかやってみよう」と返答した。

 

《王院長の言葉》

「私にも治せない病気は沢山あります。医学は万能ではありません。また、中医を神格化することは出来ませんが、中医を否定することも出来ません。しかし効果が無ければ、こんなに多くの患者は集まらないでしょう。中医の腎臓病に対する治療は主に2パターンあります。1つは西洋薬が効いたパターンです。この場合は、中医は治療をそれに合わせ、西洋薬の副作用や合併症を減らし、再発しないようコントロールします。または、再発の回数を減らします。もう1つは、西洋薬が全く効かなかったパターンです。この場合は、中药(≒漢方薬)をメインに治療します。病気をコントロールし、腎不全の進行を遅らせ、患者のQOL(生活の質)を高めます。腎臓病の患者の多くは、中医薬と西洋薬を合わせた治療が、最も効果があったと言います。」

 

《腎臓の線維化を防ぐ》

腎不全や尿毒症に至った場合、腎臓にはどのような変化が起こるのだろうか。また、慢性腎臓病はなぜ腎不全に至るのだろうか。なぜなら、腎組織や腎臓の細胞が徐々に線維化してゆくからだ。それは皮膚が傷ついて、瘢痕化する過程に似ている。腎臓病の原因は様々であるが、原因によって腎臓内部の変化が異なる。しかし1つ確実に言えることは、慢性腎臓病から腎不全に至る場合、みな同じ経過をたどるということだ。つまり、繊維化だ。この過程は収穫した後のマンゴーに似ている。腎臓は線維化が進むと、収穫後のマンゴーのように徐々に小さくなって、委縮してくる。腎臓病になってしまったら、腎臓を保護し、腎臓の線維化を阻止したり、線維化を遅らせることが最も重要になる。

 

《「微型癥瘕」学説とは》

王院長の上司である东直门医院の吕仁和教授が発表した「微型癥瘕(weixingzhengjia)学説」というものがある。「癥也 有形而可征也 瘕假也 物以成形也」ということだ。「癥瘕」とは中医学的な病名であり、癥は形がハッキリしているもので硬結や腫瘍のことだ。瘕は形が明確でないもののことだ。つまり「癥瘕」とは腹部にある腫瘍のことだ。では「微型(マイクロ)」とは何か。これは腎臓内部の病理的変化のことだ。中医は望聞問切の四診によって患者を診るわけだが、腎臓内部の状態を診ることは出来ない。現代的な医療器具であるマイクロスコープなど用いなければ、診ることが出来ない。腎臓病が長引くと、腎臓局部で気が滞り、瘀血が溜まることによって、腎臓の機能が低下する。そして、腎臓内部が線維化するようになる。これが「微型癥瘕(小さな硬結が多く集まって、線維化したように見えること)」だ。経脈と水路が塞がれ、尿毒症になるのだ。

 

《腎臓病の治療》

腎臓病では通常、6つの中药(≒漢方薬)を使う。王院長は研究を重ねた結果、腎臓病を予防し、抗腎線維化作用がある基本薬物を黄芪(huangqi)、当归(danggui)、三七(sanqi)、海藻(haizao)、牡蛎(muli)、鳖甲(biejia、すっぽんの甲羅)とした。黄芪、当归、三七には益气扶正(yiqifuzheng)、养血活血(yangxiehuoxie)の効果が、海藻、牡蛎、鳖甲には软坚化积(ruanjianhuaji)、消癥散结(xiaozhengsanjie)の効果がある。Zさんにもこの処方が出された。この処方は腎臓病全般に使うことが出来る。患者によってはこの処方で著しい効果が見られることもある。その典型例として、昨年、60代の男性患者にこの処方を出した時の話がある。この患者は十数年ずっと高血圧で、幸運にも腎臓の機能は正常だったが、2013年に左腎に腫瘍が見つかり、左腎を摘出してしまった。それにしたがって、血清クレアチニンの値が上がってしまい、人づてに王院長のもとを訪れることになった。王院長は彼を診断したあと、「あなたは長年高血圧だったせいで、腎臓の機能が低下していた。さらに、今は片方の腎臓を切除しているため、腎機能は確実にその機能を果たせなくなってしまったのです。それが血清クレアチニン上昇の原因です」と言った。王院長はこの患者にも、Zさんと同様に、六味药(6種の漢方薬)と、补气(気を補う)作用がある堂参(tangshen)を少し加えて処方した。その結果、この患者は予想を大きく上回る回復をみせ、処方して1か月を過ぎた頃に再検査すると、血清クレアチニンの数値は標準値に戻り、出ていた症状も全て消えてしまった。その後、この患者は半年間、中药を飲み続けているが、未だ血清クレアチニンの数値は正常だ。

 

《‟恐怖”は腎を傷つける》

汤药(煎じ薬)は服用に手間がかかるため、長期間飲み続けられない人が多い。では、簡単に継続出来る方法はあるのだろうか。王院長が昔、考え出した方法がある。1998年、中国東北地方にある病人がいた。比較的裕福な患者だった。ゆえに彼は腎臓病を患って以来、中国全土に医者を求めた。东北三省、上海、北京の名医に診てもらったが、検査数値は一向に下がらず、中医である王院長に診てもらうことになった。しかし王院長は診察をしてすぐに、彼の病状が重くないことを診抜いた。彼の血清クレアチニンの数値は160前後で、問診では腰のダルさとを訴え、わずかに蛋白尿がみられたが、貧血症状は無かった。そこで、王院長はこの患者に「あなたは‟病轻心重(病は軽く、心が重い)”だ。‟心思太重(ひどく考えすぎ)”ですよ」と言った。また、「気丈でいなさい。‟恐则伤肾(恐れは腎を傷つける)”と言うように、怖がることは腎臓に良くないですよ。怖がる必要はありません。確かに腎臓病は不可逆性の病ではあるけれども、進行を遅らせることは出来ます。この薬を頑張って飲み続けることです」と言って、簡単な処方を与えた。粉末にした生薬を、カプセルに詰めて飲むのだ。この処方を飲み続けて以来、1998年から2014年現在までの16年間、彼の化学検査(血清クレアチニン)の数値はずっと160~180の間を維持している。この処方は高価であるため、主に経済的に恵まれた患者に処方しているが、効果は非常に良い。

 

《金持ち向けの処方》

上記の患者に出した処方は、粉末状にした冬虫夏草、西洋参、三七を1:2:3の割合で混ぜ、カプセルに入れたものだ。これを1回3粒、1日3回服用する。これは古方(*『傷寒論』や『金匱要略』に記されている古来の処方)ではなく、王院長が臨床を経て、経験的に考え出した独自の処方だ。冬虫夏草には保腎作用、西洋参には補気作用、三七には化瘀(瘀血を溶かす)作用があるが、この3つの薬物には抗腎線維化作用もあり、腎疾患の進行を遅らせることが出来る。「この処方は栄養を補う性質があるため、長期間の服用も問題ありません」と王院長は言う。

 

《Zさんのその後①》

王院長のおかげで、Zさんは初診時から数年間は、各検査数値は非常に安定していた。しかし運命の悪戯か、Zさんは再び災難に見舞われた。ちょっとした外科手術が、Zさんを再び死の淵に追いやることになった。胆石が胆管を塞いだのだった。病院でERCP(内視鏡的逆行性胆道膵管造影)検査が終わった後、その直後は調子が良かったのだが、それから2日ほど経った後、Zさんは妻に「尿が出なくなった」と言った。結局、Zさんは丸1日尿が出ず、尿が出そうな感覚も無かった。Zさんの妻はすぐに悪い予感がして、ただちにZさんを病院へ連れてゆき、検査させることにした。すると、血清クレアチニンの数値が900を超えていることがわかった。医師は「腎不全だ。血清クレアチニンの数値が高すぎる」と言った。2回目の腎不全で、初回よりも検査数値が上がっており、Zさん夫婦は強いショックを受けた。黄疸、腹水、血清クレアチニンの上昇がみられたため、すぐに透析をする必要があった。この日は1月15日、しかも日曜日で、医師は午前中で退勤していた。 基本的に日曜日は休診で医師が出勤していないから、Zさん夫婦は路頭に迷うことになった。主治医は、この事態を知って焦った。透析室へ行ったが、誰もおらず、機械が動かせないのだ。何の処置も受けられないまま、すでに19時が過ぎていた。Zさんは2回目の検査を受けることになった。血清クレアチニンの数値は1000を超えていた。Zさんの妻は検査結果が書かれた紙を見せられたが、泣く事さえ出来なかった。絶望の中、Zさんの妻は王院長に電話してみるしかないと考えた。

 

《王院長の活躍》

王院長は自宅で家族と元宵節のお祝いをしていたが、Zさんの妻から事情を聞くと、「少し時間を下さい。10分後にまたかけ直します」と言って電話を切った。しかし、10分も経たないうちに連絡があり、「直ぐに病院へ来なさい」と言った。しかし、道路には雪が積もっており、Zさん夫婦は救急車でゆっくりと病院へ向かうしかなかった。車の窓は吐息で曇っていたが、外を見ると、レストランで楽しそうに祝祭日をお祝いしている人々や、お祝いの爆竹を鳴らしている人が見えた。Zさんの妻は彼らを見て、「私達は今助けを求めているが、もうダメかもしれない。」と考え、怯えた。Zさんが救急車で搬送されている頃、东直门医院ではすでに王院長が医療チームを結成していた。Zさんの容態は重篤であったため、病院へ着くと、すぐにICUへ運ばれた。王院長はZさんを一目見て、今回はいつもと違うことに気が付いた。Zさんの妻は傍らで夫を見ながら、本当にもう終わりだと思った。緊迫した一夜が過ぎ、翌日の朝、目を覚ましたZさんが妻にこう言った。「ちょっとこっちへ来て。おしっこがしたい」。Zさんの妻はこの一言を聞いて、「助かった」と思った。Zさんは、この2006年の1月15日は、永遠に忘れられない日だと言う。王院長率いる医療チームのおかげで、2度目の死の淵から救われたからだ。ZさんはICUでの緊急治療が終わった7日間後、一般病棟へ移ることになった。Zさんの家族は非常に喜んだ。Zさんの病状も徐々に好転していった。「そんなことが出来るはずがないとか、中药(≒漢方薬)で奇跡が起こるはずがないと言う人がいるかもしれませんが、夫には本当に奇跡が起こったのです」とZさんの妻は言った。4か月に渡った治療を終えると、Zさんの血清クレアチニンの数値は再び正常化し、2006年5月、Zさんは4か月ぶりに職場復帰した。

 

《急性腎不全の原因になる薬物》

Zさんの場合、一度目は薬物による腎不全だった。腎臓は薬物を排出する重要な器官だが、一方で最も薬物性の損傷を受けやすい器官でもある。急性腎不全の内、1/3以上が薬物性障害によるものだ。腎臓を守り、腎不全から遠ざけるための重要事項がある。それは、薬物性腎障害を起こしやすい薬物を出来る限り避けることだ。では、どのような薬物が腎臓を損傷しやすいのであろうか。以下に列挙する。

 

①解熱・消炎・鎮痛剤の類(風邪発熱、頭痛などに使われる薬、芬必得〔フェンビッド〕など)

②腎毒性の抗生物質(庆大霉素〔ゲンタマイシン〕、万古霉素〔バンコマイシン〕など)

③腫瘍化学療法薬(抗がん剤、阿霉素〔ドキソルビシン〕、顺铂〔シスプラチン〕など)

④心疾患用の血管造影剤

⑤脳血管障害用の脱水剤(甘露醇〔マンニトール〕など)

 

その他、薬物アレルギー(薬物過敏症)も薬物性腎障害の原因になる。头孢菌素(セファロスポリン)、青霉素(ペニシリン)はアレルギー反応で腎不全を起こす。では中药(≒漢方薬)なら安全かと言うと、そういうわけでもない。昔から「药三分毒(薬には三分の毒あり)」と言うように、中药にも西洋薬と同様に腎毒性のリスクがある。実際に、1993年、ベルギーの学者が、苗条丸という減肥作用のある中药(≒漢方薬)を服用した2人の女性が進行性の薬物性腎障害を起こしたことを発見した。その後、ベルギーでは2000年までに苗条丸を服用して薬物性腎障害を起こした症例が105例に達した。その内の43例は、透析または腎移植をしなければ生命が維持出来ないほど、重症であった。その後、調査によって、苗条丸に含まれていた马兜铃酸(アリストロキア酸)が原因であったことが判明した。

 

《Zさんのその後②》

Zさんが2度目の入院をしてから、8年が過ぎた。あれ以来、腎臓の症状は悪化していない。王院長が処方した薬を飲み続けて14年が経った。水量に換算すれば、3トン以上の煎じ薬を飲んだ計算になる。Zさんは体の調子も良く、精神もハツラツとしている。現在、Zさん夫婦は退職し、悠々自適な老後生活を楽しんでいる。「これまで、私達は同じ病気を患う人々を沢山見てきました。亡くなった人もいれば、透析をするようになった人、腎移植をした人もいました。しかし、夫は健康な人と変わらず、家族と一緒に生活出来ています。夫は今も一家の大黒柱です。14年前、夫は不幸にも腎臓を患ってしまいましたが、王院長のような名医に出逢えたことで、病気も良くなりました。だから、今は本当に幸せです」とZさんの妻は言った。

 

腎臓結石の予防と治療(『中華医薬』に学ぶ実際の症例)

今回、参考にした中華医薬は腎臓結石の特集だ。食が欧米化し、飽食に溺れる日本人にとって、結石はもはや他人事ではない。しかし残念ながら、 鸡内金や金钱草、海金沙など、結石を溶かすと言われているような漢方薬を使った治療は、未だ日本では一般的ではないようだ。そもそも中药(*漢方薬)は中国が発祥で、長い伝統ゆえに独自のノウハウが日々積み上げられている。傷寒論だけを読んで胡坐をかいているような日本人などは、相当な遅れをとっていると言えるかもしれない。鍼灸も発祥は中国であるから、本場の中国針灸を知らない日本の鍼灸師井の中の蛙と言えるかもしれないな、などと考えつつ、近頃は中华医药を観て自戒する日々である。

 

腎臓結石の予防と治療(『中華医薬』に学ぶ実際の症例)

 【Yさんの場合】

2014年10月、Yさんは突然、激しい腹痛と腰背部痛に襲われた。顔から血の気が失せるほどの痛みだった。彼女は今もその痛みが忘れられない。それは耐え難いほどの痛みで、痛み止めを飲んだが効かなかった。ベッドの上をのた打ち回るほどの痛みが何度も襲ってきた。座っていることも、立っていることも出来ず、ベッドの上を転げまわるしかなかった。その後、Yさんは家族によって病院へ担ぎ込まれた。医師は超音波検査をした後、結石であろうと言った。尿管結石であった。

 

 【Zさんの場合】

上海のZさんも結石で地獄を見た。夜、突然の痛みでベッドを転げまわらずにはいられず、頭が真っ白になった。腰全体が痛み、まるでドリルでギリギリされるような鋭い痛みだった。彼は痛みにはかなり強い方だったが、この痛みに耐えることは出来なかった。痛みだして5分ほど経過すると、全身が汗まみれになり、眼がチカチカしてきた。その後、病院で尿管結石と腎結石があると診断された。結石は8つあった。

 

【Cさんの場合】

程さんは婦人科医だ。彼女は結石の痛みを熟知している。「最も痛いことの1つは分娩、もう1つは結石です。女性であれば分娩の痛みは想像がつくでしょうが、結石の痛みは例え難いほどの激痛です。」とCさんは言った。結石の痛みはこの世で最も耐え難いほどの痛みである。Cさんは、真夜中に痛みで目が覚めた。痛みで眠れず、起き上がることも困難だった。便器にしがみついているか、床に這いつくばっているしかなかった。病院での検査の結果は腎結石で、左右の腎臓に大小15個の結石が見つかった。

 

【痛みによる鑑別】

腎結石は钝痛(duntong、鈍痛)だ。尿管結石は绞痛(jiaotong、キリキリと締め付けるような痛み)で、特に尿管の中にある結石が最も痛い。Cさんの場合は尿管結石だった。結石では顔面蒼白、床を転げまわる、悪心嘔吐、血尿などがみられる。血尿は肉眼血尿(rouyanxieniao、肉眼で見える血尿)と镜下血尿(jingxiaxieniao、顕微鏡下で見える血尿)の2種類がある。膀胱結石の特徴的な症状は排尿中断で、結石が尿道を通過すると排尿出来るようになる。尿道結石の場合は頻尿、尿漏れ、排尿時痛などが起こる。

 

【結石に効く中药材(zhongyaocai、生薬)】

結石に効果が見られる生薬は主に3種ある。 鸡内金(jineijin、*鶏の砂嚢の内壁を洗浄し乾燥させた漢方薬のこと、鸡肫皮jizhunpiとも言う)、金钱草(jinqiancao)、海金沙(haijinsha、*植物の熟した胞子)だ。古代中国では尿路結石のことを石淋(shilin、=沙淋shalin)と呼び、これら3種の生薬が用いられていた。海金沙は通淋止痛の作用があり、結石の痛みを取り除く効果がある。

 

【海金沙を入れ忘れたケース】

結石を患うある患者は、医師から処方された中药(*漢方薬)を家族に煎じてもらい、毎日飲んでいたが、排尿時痛が酷かった。ある時、あまりの痛さに顔面蒼白になり、気絶してしまった。病院に運ばれると、家族が処方された中药を煎じる際、海金沙を入れ忘れていたということが判明した。手術などで細かく砕いた結石を痛みを伴わずに尿で排出させるためには、海金沙が有効である。

 

【鸡内金の効果】

古代中国の名医、张锡纯(zhongxichun)は 結石の治療によく鸡内金を用いた。そもそも彼は鶏が石を食べ、どうやって石を消化し、排出するのかに疑問を抱いていた。そこで実際に鶏を解剖するなど研究を続けると、鶏の砂嚢では磁器、石、銅、鉄が消化出来ることがわかった。結石の主成分である草酸钙(caosuangai、シュウ酸カルシウム)は薬物を使っても溶かすのは難しい。溶解が困難な原因は、結石の表層部を高密度の鉱物が覆っているからだ。鸡内金に含まれる多酚生物碱(duofenshengwujian、ポリフェノールアルカノイド)はその「外殻」をアルカリ化させて溶かす作用があるため、結石を溶かすことが出来る。张锡纯は鸡内金を用いた治療に長けており、患っていた結石は自分で治したと言われている。鸡内金は胃、肝、胆、腎と脾経、胃経、小腸経、膀胱経に薬効が及ぶ。

 

 【中药の用い方】

こんな逸話がある。1918年、沈阳(shenyang、瀋陽市)にある病人がいた。病人は胃のあたりに何か詰まっている感じがすると言い、非常に痛がった。良い医者を求めてあちこち彷徨い、张锡纯に診てもらうことになった。张锡纯は胃の中に異物があると診断した。胃気が弱っている。気の活動が中焦(≒体幹部)で止まっている。张锡纯は病人に処方箋を書いてやった。鸡内金(健胃消食)を一两(31.25g)、生酒曲(健脾消食)を五钱(約16g)という簡単な処方だ。病人はこの処方を受け取ると、本当にこんな処方で治るのかと疑っていた。しかし帰宅してから数回服用すると、胃の異物感は完全に消え、完治した。中药(zhongyao、漢方薬)の効果は必ずしも価格に比例するわけではない。また、量の多さや質によるものでもない。いかにして巧く使うが重要なのである。

 

【金钱草の話①】

昔々、仲睦まじい、若い夫婦がいた。しかし、ある時、夫は突然の腹痛に襲われ、死んでしまった。妻はたいそう悲しんだ。夫の突然死が不可解であったため、医者が死因を明らかにする必要があると言って、痛みのあった腹部を解剖することになった。すると、胆嚢から小石が1つ摘出された。妻は緑と赤の絹糸で網袋を作り、夫の形見としてこの石を首から下げて、身につけておくことにした。その後、妻は山へ薪を集めに行く度に、網袋に入っている形見の石が小さくなっていることに気が付いた。これは奇怪なことだと思い、医者に相談することにした。この話を聞いた医者は非常に奇妙なことだと思ったが、山へ入って薪を集めている時、何かの草が接触して石を溶かしたのであろうという仮説を立てた。仮説を検証するため、医者はその妻と一緒に山へ入ることにした。妻が薪を拾った場所に生えている草を数種刈り取り、それぞれの草で石を包んでみることにした。すると案の定、ある草で包むと石は溶け、小さくなった。こうして、結石の治療にこの草が使われるようになった。この草は化石丹と呼ぶ人もいたが、金銭よりも価値のある草だということで、金钱草と呼ぶ人もいた。金钱草の重要な作用は他にもある。利胆排石で、結石の排出を助ける効果もある。

 

【金钱草の話②】

 1960年代の話だ。インドネシアスカルノ大統領が泌尿器系の結石になって悩んでいた。当時、スカルノ大統領は西洋医学を受け入れたくないと思っていた。手術は避けたかった。そこで、親交のあった周恩来総理に助けを求めた。周恩来総理は当時中国国内で著名かつ中医のエキスパートであった岳美中(yuemeizhong)をインドネシアに派遣した。この時、岳美中が治療に使ったのが金钱草だった。使われた金钱草の分量は1回あたり60g~210gまで増やされ、治療が終わるとスカルノ大統領の病気は完治し、中医学の妙技を称賛したと言われている。

 

【実際の方法】

中国人民解放軍第411医院、男科主任副主任医師である白迎堂氏によれば、直径6mm以内の結石であれば、中药(漢方薬)で溶かすことが可能だという。しかし、結石がそれより大きい場合は内視鏡手術が必要だと言う。中国人民解放軍第411医院では主に体外衝撃波結石破砕術法と内視鏡手術の2つが行われている。どちらも結石を砕いて体外へ排出させることは可能だが、小さく砕けた結晶を完全に取り去ることは出来ない。手術後は中药を処方し、中药を飲ませることで残った結石の結晶を完全に溶かし、痛みを伴わずに体外へ排出させることが可能だ。

 

【3人のその後】

Zさんは内視鏡手術で大きな結石を取り除いた後、毎日、処方された中药を煎じて飲み続け、2か月後には完治した。Yさんは内視鏡手術が怖いので、体外衝撃波結石破砕術法を選んだ。40分ほどの施術で全ての結石が粉々になったが、医師は結石が尿で排出される際に痛みが出るかもしれないと言った。Yさんは医師が処方した中药(漢方薬)を飲むことで、血尿や排尿痛を伴うことなく、完全に結石を排出することが出来た。Cさんも体外衝撃波結石破砕術法を選んだ。Yさんと同様に、医師は砕かれた結石が排出される際、膀胱壁や尿道を傷つけ、血尿や排尿痛を伴うかもしれないと言った。Cさんは最初、中药を飲まなかったため結石が尿道を傷つけ、血尿が出てしまった。結局、Cさんは15個の結石の内1つを体外から砕き、残りの14個の結石と残った結晶は中药を飲むことで痛みを伴わずに、完全に排出することが出来た。 

 

【結石の原因】

 中国で結石を患う患者が多いのは何故だろうか。常時、飲む水の質が悪かったり、硬水が多いこと、ホウレンソウや豆腐の過剰摂取などが、草酸钙(caosuangai、シュウ酸カルシウム)を容易に形成させる。結石が形成される要因は主に3つある。1つ目は泌尿器系の問題で尿路が狭い人や尿がすぐに溜まりやすい人などで、この場合は長時間排尿を我慢すると、結石が形成されやすくなる。2つ目は代謝系の問題で、代謝が悪い人はカルシウム、リン、マグネシウムの排出が悪くなりがちで、結石が出来やすくなる。3つ目は生活習慣の問題で、特に食生活の問題だ。 

 

【結石の原因と予防】

①久坐(jiuzuo):長時間座らない。長時間座っていると代謝が緩慢になり、尿が出にくくなり、代謝物質が蓄積するため、結石が産出されやすくなる。

 ②憋尿(bieniao):小便を我慢しない。長時間座っている人は往々にして小便を我慢することがあるが、上記の通り結石が出来やすくなる。

③不爱运动(buaiyundong):動くことを嫌がらない。現代人の生活レベルは日々向上しているため、歩かずに車を多く利用したり、仕事は全てパソコンで済ませたりするなど、運動する機会が急激に減少してきている。運動不足になると、尿中のカルシウム濃度が高まり、カルシウムがシュウ酸と結合して、結石が出来やすくなる。人間は適度に運動したり、適度に太陽の光を浴びることで、カルシウムが吸収されやすくなる。

 

【結石予防のための運動と習慣】

①上下にピョンピョン飛び跳ねる。縄跳びをするのも良い。

②立位で両足を閉じたまま、少し前方に跳ぶ。

③水を飲む。1日あたり、1.6~2㍑程度の水を飲むようにする。水分摂取は一気にするのではなく、こまめにして、体内の水分量を一定に保ち、結石が出来にくくなるようにする。現代人の多くは水の代わりに炭酸飲料を多く飲むが、炭酸飲料には砂糖が多く含まれているため、尿中のカルシウム濃度が高くなりやすい。また、コーヒーを好んで多飲する人もいるが、コーヒーにはシュウ酸が多く含まれるため、結石が出来やすくなる。ヨーロッパ人に結石が多いのはコーヒーを多飲する習慣に関係があると、中国人民解放軍第411医院、泌尿外科主任副主任医师である郎根强氏は主張する。また、眠つきを良くするために好んで牛乳を飲む人がいるが、牛乳にはカルシウムが多く含まれているため、就寝前に飲むと就寝中は代謝が低下し、尿中のカルシウム排泄が高まり、結石が出来やすくなる。結石は日中よりも夜間に形成されやすいため、就寝前に牛乳を飲むことでより結石が出来やすくなるのである。また、喉が渇くとすぐにビールを飲みたがる人がいるが、ビールにはプリン体や尿酸が含まれているため、尿酸結石が出来やすくなる。

④夕食は早め少な目を心掛ける。最近は朝食を抜き、昼食を軽く素早く済ませ、夕食をメインにする人が増えている。動物性たんぱく質は酸性であり、多量のカルシウム、リン、尿酸を含んでいるため、就寝前に動物性たんぱく質を沢山摂取すると、容易に結石が形成される。人間が1日に必要なたんぱく質の量はそれほど多くない。牛肉であれば約100g、卵であれば3個で足りると言われている。たんぱく質は人間にとって重要な栄養ではあるが、多すぎても少なすぎても害になる。一般的にカルシウム排泄のピークは食後4~5時間であり、もし19時に夕飯を食べたなら、23時頃にはピークを迎え、23時頃に就寝してしまうと、結石が出来やすくなる。

 

【玉米须(トウモロコシのめしべ、トウモロコシのヒゲ)の効能】

玉米须茶(yumixucha)は高脂血、高血糖、高血圧に効果がある。夏に飲めば、体の熱を取る効果がある。中医学的には降圧、利尿、清热(解熱、湿熱を排出する)、利胆、抗結石の作用がある。作り方は玉米须をお湯で煮詰めてお茶にしても良いし、玉米须を洗浄した後、ポットに入れてお湯を注ぐだけでも良い。一般的に1回に使う玉米须の量は50~100gで、煮詰める場合は強火で15分程度煮詰める。