読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

インチョーのブログ(表)( ´∀`)

「東京つばめ鍼灸」インチョーの独り言ブログ。インチョーのブログ(裏)はこちら→http://ameblo.jp/ryudoumizuki

花甲

先日、師匠の還暦パーティーがあった。私は予約しておいたホールのケーキと、還暦祝いに剪纸を持参することにした。 

 

ケーキは最も見た目が美しく、実際に食べても美味しそうなケーキを選んだ。近所では見当たらなかったので、新宿のアンテノールで予約注文した。ケーキに載せる板チョコには「祝愿师父万寿无疆!(師匠が永遠に逝きませんように!)」と、チョコペンで書いてもらった。「师傅」と書いてもらっても良かったが、おそらく細かすぎて字がつぶれるだろうと予想したので、「师父」にしておいた。ロウソクは60本用意しようかと思ったが、数字のロウソクがあったので、6と0のロウソクを買っておいた。便利な世の中になったものだ。 

 

剪纸(jianzhi)は中国で2000年以上前に始まったとされる民間芸術の一つで、中国では現在、非物質文化遺産に登録されている。

 

剪纸というと赤紙の単色が多いが、影絵芝居で使われる皮影(piying)と呼ばれるカラフルな切り絵を買った。種類は色々あったが、無難なデザインにした。「吉祥如意(jixiang ruyi)」とはお祝いなどで使用されるメジャーな成语で、要するに「幸運が訪れますように」みたいな意味だ。ガラス製だから、北京から割れないように持って帰るのが大変だった。 

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20161125193600j:plain

 

今回、王府井書店では針灸関係の古典の繁体字本を沢山買った。画像の本は『中医古籍珍本集成』という湖南科学技術出版社のシリーズ本で、木版刷りの内容がそのまま印刷されている。去年あたりから発売されていて、有名な古典、経典はほとんど網羅されている。中医関係の本はいつ売り切れになるかわからないから、在庫があるうちに買っておくのが賢明だ。とりあえずアホな鍼灸師と思われないように、針灸大成、甲乙経、聚英、内経、霊枢、問対、摘英集、玉龍経あたりを買っておいた。その他に本草綱目やら成语大全なんぞも買ったら、荷物の総重量が40キロを超えてしまい、帰国時に地獄を見た。まぁ、これで私もアホ鍼灸師のカテゴリーからは何とか離脱したであろうと思う。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20161125194242j:plain

 

ついでに、経穴図もやっと良いのが発売されていたので買っておいた。人民衛生出版社が出した第4版の穴位図で、確か4枚セットで40元(約600円)だった。針灸中医関係の本もそうだが、こんな良質な穴位挂图は日本では一生手に入らないかもしれない。特に4枚目には頭部や顔面部の細かい穴位が記されていて、非常に良い。これでいちいち本を開く必要がないし、患者さんや見学者にツボの位置を説明しやすくなる。額はネットでオーダーメイドしてもらった。1つ7000円くらい。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20161125194258j:plain

 

西单の北京图书大厦にも『中医古籍珍本集成』の在庫があったが、王府井書店に比べると種類が少なかった。大胆にも壁際で寝読みしている輩がいた。 北京の本屋では、以前から座り読みは頻繁に目撃してきたが、寝そべって読む輩は初めて見た。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20161125194314j:plain

 

今年も北京の大気汚染は例年通りな感じだった。最近は植林など緑地化の成果が出て来ていて黄砂は減ったらしいが、PM2.5はまだ減っているという感じがない。今は中国よりも、むしろインドの方が酷いらしい。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20161126103118j:plain

 

師匠には8月にグンゼ製の真紅のパンツをプレゼントしておいた。中国では日本と違い年男は凶だから、赤いモノを身に着けておくことで、魔除けになると言われている。ちなみに赤いパンツは1枚しかあげていないが、大そう気に入ったらしく、毎日履いているらしい。 

 

また中国ではお祝いの時に爆竹をならす習慣があるが、あれは元々、ある村を害していた年(nian)という怪物を、どこからともなく現れた自称仙人が爆竹で撃退したという逸話が起源になっていると言われている。空を飛ぶとか、空中浮遊をするとか噂されている仙人が爆竹を使うのもどうかと思うが、まぁあの爆発音を聞いたら、怪物でなくとも大抵の動物は逃げ出すに違いない。北京へ行ったついでに爆竹を買ってきて師匠ハウスで鳴らそうかと思ったが、空港の保安検査で別室へ連れて行かれるのも嫌なので諦めた。 

 

還暦パーティーの参加者は9人であったが、主役がわかるように赤い三角帽子と眼鏡を買い、師匠にプレゼントした。師匠はこれを装着したまま、針灸について熱く語っていた。

 

師匠が「ついでに本の宣伝もしてもらいましょう」と言うので、刷たてホヤホヤの本と一緒に写真を撮った。治せず路頭に迷っている鍼灸師は、淺野周著「鍼灸院治療マニュアル」をどうぞ。AKBのCDのように、1人50冊も買えば師匠も喜ぶでしょう。私は1冊買いました。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20161129110103j:plain

 

これまで師匠とマトモに写真を撮ったことがなかったので、集まったみんなで還暦記念の集合写真を撮った。三脚を装着したキャノンの一眼レフで撮ったので、綺麗に撮れて良かった。最近の一眼レフはオートタイマーで連続撮影が出来るから便利だな、と思った。

*プライバシーに配慮し、一部画像処理してあります。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20161129110952j:plain

 

 

広告を非表示にする

またバインド

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20161019151712j:plain

 

BiND8で上海での日記をまとめていたら、突然編集画面がシャットダウンした。それから全く起動しなくなってしまった。どうやらインポートした画像が増えたせいか、ファイルが壊れたらしい。

 

私の日記の中の、上海で暴走タクシーに遭った件(くだり)には、中国のニュースを翻訳した部分が含まれていた。何だかんだで1時間くらいかけて書いた内容だったのに、バックアップする前にファイルが壊れたもんだから、発狂しそうになった。しかし、奇跡的にファイルが壊れる前、試験的にデーターをウェブ上にアップロードしてi-phoneのブラウザで確認していたから、何とかそのブラウザのデータをメールに貼り付けて送信して、大事に至らず済んだ。

 

公式ウェブサイトによると、同じような事案がいくつも発生していて、一部の事案が未だに解決出来ていないそうだ。私のケースは0.05%のユーザーに発生しているらしいが、こんな低い確率ホンマかいなと勘ぐってしまう。確かに使いやすさは進化している。しかし、いつになったらこのソフトは不具合がなくなるのだろうかという怒りや不信感が増すばかりだが、とにかくこのソフト以外に自分の好みがないもんだから致し方ない。

 

とりあえず、毎度のようにサポートセンターに不具合を報告すると、「同様の現象が他のユーザー様や弊社複数の検証環境にて確認できておらず、明確なご案内が難しい状態です。製品の再インストールをお試しいただけますでしょうか。再度起動の操作後に下記の位置にあるログデータをお送りいただけますか。弊社専門部署にて調査をさせていただきます」と返信がきた。

 

全く、ユーザーがまるで治験者となり、無償でデータを提供し続けねばならぬような状態とは如何なものかと思うが、BiNDというソフトは私のような一部の変人、または愛あるユーザーによって進化する奇特なソフトなのかもしれない。まぁ車などの工業製品も消費者から上がってくる負のデータを拾い集めてマイナーチェンジを繰り返してゆくものだけれど、こう何度も再インストールが必要になると、いい加減嫌気が差してくる。

 

とりあえずは、面倒でもこまめにデータをバックアップして、ソフトが安定して動くようなアップデータの提供を待つしかないのだろう。おそらくデータ容量の少ないウェブサイトであれば、BiND8であってもトラブルは起きにくいのかもしれないが、余程の変人か忍耐力のある人でないと、このソフトは使い続けられないだろうと思うから、なかなか他人には勧めらたモノではない。ちなみにBiND8は再インストールすると、インポートしていた画像やらファイルが全て消えてしまうから、予め1つにまとめて別で保存しておくのが賢明かもしれない。

 

上海へ行った

連休をとって上海へ行ってきた。高校時代からの友人S氏が上海での出向を終え、9月いっぱいで日本へ戻って来るとのことだった。そんなわけで、「俺がいるうちに遊びに来いよ」ということになった。

 

いつかは上海へ行くつもりだった。上海市内の針灸用具店と書店を巡って、中国鍼灸の状況を調べてみたいと思っていたのだ。北京は師匠がすでに開拓しているが、上海の状況は不明だったから、この機会にどんなもんか調べておくことにした。だいたい、積極的に中国へ行く鍼灸師なんて日本にはほとんどいないから、日本で上海の鍼灸事情を調べるには、中国語で書かれたウェブサイトを漁るしかない。事前に5つくらい、針灸用具が売っているという通りを調べ上げ、地図をプリントアウトして、上海へ飛んだ。

 

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160928211900j:plain

地下鉄乗り放題の1日乗車券を買い、いくつもの大病院の周辺を半日かけて駆け回ったが、結局、針灸用具を売っている店は見つけられなかった。さすがに上海中医薬大学と上海市鍼灸経絡研究所の近くにはあるだろうと期待していたが、それらしき薬局を見つけたものの、着いた頃にはすでに閉店していた。17時で閉店とは、なんともやる気のない店だとちょっと憤慨した。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160928204216j:plain

ちなみに、北京の東直門にある針灸用具店は、年中無休で20時くらいまでやっている。全体的に巡った感じでは、药房と呼ばれる素人向けの薬局ばかりだった。薬や車椅子、血圧計、入院時に患者が使う日用品くらいしか揃っていない店だ。詳しい事の顛末はそのうち自分のウェブサイトの日記コーナーに記そうと思う。

 

師匠から買ってきてと頼まれていた黄帝内経繁体字本は、上海書城で良いのが買えた。この本屋の中医コーナーにいた店員はオカマのような風貌だったが、随分と親切で、まるで検索機のように針灸書の在庫を熟知していて、少し感動した。内経は上下巻400元で、こりゃ高いなと思ったが、何故か上下セットだと半額で買えた。自分用のも欲しかったが、1セットしかなかった。今度北京へ行ったら探してみよう。おそらく日本では、買う鍼灸師などいないだろうから、今後半世紀経っても流通しないだろうと思う。

 

上海書城では前から欲しかった中薬大辞典も上下巻セットで、縮小版を安く買えた。オカマ店員は「縮小版は大きいのと中身が同じで安いからお勧めヨ」と言っていた。内経は高かったから、師匠には代金を請求しようと思っていたが、帰国後に「お土産は内経だけで十分です」とメールがきた。ちなみに師匠には最高級の獅峰龍井茶をお土産として渡す予定だったが、結局お土産は内経と龍井茶になった。まぁ師匠にはお世話になったから、仕方ない。きっと師匠に出逢わなかったら、私は中国語の出来ない浅針専門のアホ鍼灸師で終わっていただろう。

 

友人S氏が連れて行ってくれた、外灘のビルマ料理(雲南料理)の店や鼎王无老锅という台湾火鍋の店では、普段御目にかかれぬ美食を大いに堪能出来て、良い思い出になった。ビルマ(Burma)と言うと旧国名だから知らない人も多かろうが、間違ってもロリコンが好きなブルマを想像してはいけない。画像の春巻きは未知の味で、本当に美味しかった。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160928204154j:plain

 

千葉にあるのに東京と言うディズニーランドには1回行って飽きてしまったが、上海ディズニーランドはまた来たいと思った。とにかくカリブの海賊パイレーツ・オブ・カリビアン)が面白かった。ちなみに、日本の某ウェブサイトでは「チケットはネットで事前購入しておいた方が早く入園出来て良い」とのことだったが、実際には大嘘で、現地の窓口で買った方が瞬時に入れるような具合だった。

 

ネットでチケットを事前購入していても、結局は奥の窓口で正規チケットに引換えなければならないのだが、常時空いている窓口が3~4つしかなく、常に中国人客がトラぶって窓口を塞ぎ、行列が出来ている様子だった。チケットを現地で買うなら金を出すだけで良いのだが、中国人の予約客は、「予約した」とか「予約されてない」とかでトラブルになっていたようで、欧米人と日本人がスムーズにチケット交換出来ないというのが現状のようだ。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160928204204j:plain

 

不眠と針灸

昔から酷く疲れると、眠れなくなることがある。20歳を過ぎてから約10年間、完全夜型の不摂生な生活を続けていたことや、遺伝的に筋肉が凝りやすいことなどが少なからず影響しているのだろう。 

 

確かに北京堂で師匠に施術してもらったり、自分で自分に鍼灸を施すようになってからは何もしていなかった頃に比べて心身の状態も良く、QOLは断然に上がっている。しかし今でも疲労が重なると、途端に眠りの質が落ちる傾向にある。昔、NIRVANAKurt Cobainが「毎日背中が痛くて、疲れているのに眠れない」と語っていたように、背中の痛みと不眠は大いに関係している。

 

もちろん仕事が第一だから、普段から食生活に気を付けたり、体調管理には人一倍気を使っているつもりだ。しかし私も所詮は凡人だから、全てを完璧にこなせているわけではない。とは言っても、酒もタバコもやらないし、適度に運動もしているし、食事の改善や鍼灸のおかげもあってか、ここ10年くらいは大きく体調を崩したことがない。鍼灸師になって以来、病気で仕事を休んだことは一度もない。多くの患者をみるようになってから、術者として己の体調を可能な限り管理することは最低限の責務だと考えているから、他の鍼灸師のように飲み会で群れることもなくなった。そもそも酒を飲むことも、集団で集まることも、あまり好きではない。

 

他人の不眠を治すことは比較的簡単だ。とりあえず、背中に鍼を刺してやれば良い。本当は首や頭部にも刺鍼すると効果的だが、何せ鍼はちゃんと刺すと痛いし、凝りが強ければ刺鍼時の痛みも増すから、特に痛がるような人には脊際に20~40本くらい、30~40分程度置針するだけでも良い。人によっては、どこへ刺鍼しても、施術当日はぐっすり眠れるようになるから、特に凝りが強いような、いわば阿是穴だけを狙って刺すのも良い。

 

私はいつも背中の真ん中あたりが凝りやすい。棘下筋や大腰筋あたりは自分で刺せても、背中の脊際あたりは手が届かず刺せないから、下肢に10~15本くらい置針して前腕に台座灸をするくらいしか出来ないが、それでも抜鍼後はすぐに快眠出来る。しかし根本的には背中が凝っているのが原因だから、背中の筋肉をゆるめなければ、またすぐに不眠が再発してしまう。

 

一般的に、中国語で「不眠症」は失眠(shimian)と言うが、中医学では失眠のほかに不寐(bumei、難経四十六難)、不得卧(budewo、霊枢大惑論第八十)、不得眠(budemian、金匮要略)、不能眠(bunengmian)などという呼称があり、その原因は多岐にわたるとされる。

 

例えば、思慮過度、内傷心脾、気鬱化火(气郁化火)、擾動心神(扰动心神)、肝胃不和、痰熱内擾、陰虚火旺、心腎不交、心脾両虚などである。これらの多くは肝気や心気の乱れによって起こるとも言われている。

 

まぁ現代医学的にみれば、自律神経の神経根付近の筋肉が凝って、自律神経のオンオフが不安定になり、交感神経が優位になり続けてしまうことに原因があるのだろうと思う。つまり、布団に入って「さて寝るか」と脳が体に命令しても、交感神経のスイッチがオフにならず、ずっと体内の電灯が点きっぱなしになっているような状態が「不能眠」な状態と言えるのかもしれない。

 

人はストレスなどによって過緊張が続くと、重心が上半身で固着しがちになり、普段から首や肩の力を自発的に抜きにくくなる。気が付くと肩が怒っていた、というような状態だ。また、常にイライラしているような人は胸式呼吸がメインになっていて、傍からみても呼吸が浅く、乱れていることが多く、近くにいる他人をもイライラさせるような雰囲気を醸し出している。それゆえ常時、上背部の筋肉が強く凝っていて、自律神経系に異常を来しやすいようだ。

 

不眠症鍼灸と言えば、日本では失眠への多壮灸が有名だ。しかし、これは全く効かないケースが多いように思えてならない。むしろ、効いたケースをみたことがない。日本には「失眠へ灸をしなさい!それだけで眠れるはずじゃ!」なんて叫ぶオエライ鍼灸師がいるけれども、『ファティマ第3の秘密』的な奇跡でも起こらない限り、効果は実感出来ないかもしれない。

 

ちなみに日本ではこれ以外の有名な针灸技术方法を聞かない。そもそも、米粒大のもぐさをひねって左右の失眠へ100壮すえるとか、「眠くなるまで灸をすえろ!」と言うのは、全くもって現実的ではない。これでは施灸の効果云々より、施灸の疲労で眠くなるとか、逆に疲労感が増すとか、眼が冴えて余計に眠れなくなるとかいう感じになるのが実態かもしれない。

 

だいたい米粒大のもぐさを沢山据えるなんて、鍼灸師でさえ麻烦なことなのに、不眠症で意識が冴えない素人には尚更面倒なことだろうと思う。むしろ、もぐさを沢山ひねらなければならぬストレスで、不眠がひどくなりそうだ。鍼灸師にやってもらうならまだマシかもしれないが、他に簡単かつ確実に効果がでやすい刺鍼法があるのだから、わざわざ「灸は効かせるものだ!」なんて騒いで、施灸のみにこだわり続ける必要はないと思う。何でもかんでも灸で解決しようなんてのは、現代中医からみたら失笑されそうなレベルの話であって、もはや針と灸をうまく使い分けたり、それらをより効果的に併用するなんてことは、議論するまでもない、当然のことだろうと思う。

 

松江にいた頃、近所に「何でも灸で治すけん!」と自称するジジイがいた。そのジジイは癌を治すと評判だったが、とにかくどんな病気でも灸だけで治すと患者から伝え聞いていた。で、評判を聞きつけた坐骨神経痛の患者が灸をすえてもらいに行ったらしいのだが、数回施術を受けたものの、全く変化がみられなかったそうだ。その後、腰部と臀部に100円玉大の有痕灸を10~20か所すえられて、ものすごい熱さに耐えてみたものの、皮膚に一生モノの大きな灸痕を残すだけで、治らなかった、と訴える患者が何人もうちへ来院した。灸痕が可哀想なほどひどく残っていた。

 

そもそも、坐骨神経痛は大腰筋が強く萎縮して腰椎への張力、圧力が増大することや、梨状筋が神経を絞扼することなどに原因があるケースが多いのだから、灸で表面だけを温めても筋肉がゆるまず、効果は得難い。癌治療の一環として、蛋白変性を目的とする施灸ならそれでも効果はあるだろうが、神経痛ならばほとんどのケースで針を刺さないと効果は見込めない。結局、坐骨神経痛の患者はうちで数回針を打って完治した。

 

基本的にどんな病態でも、灸よりも針が効くケースが断然に多いから、鍼灸院では針をメインに施術してもらい、自宅で補助的に施灸するのなら良いと思う。ちなみに、灸は熱ければ熱いほど効くと信じていて、皮膚をこれでもかと言うほど焼く人がいるけれども、蛋白変性による効果を必要としなければ、痕が残るほど火傷させる必要はない。むしろ、糖尿病患者や易感染傾向にある患者のように、皮膚を焼いてはいけない病態や疾患も色々あるから、何でもかんでもすぐに皮膚を焼くような鍼灸師は信用しない方が良いかもしれない。

 

一方、中国には様々な不眠の針灸治療がある。確かに効かない治療もあるが、日本鍼灸界に比べると遥かにバリエーションが多い。「失眠」と言う言葉は中国語で不眠症の意味があるから、もちろんこのツボを使うことも多々あるけれど、主に背中に様々な灸法を試みることが多い。とにかく中国には様々な灸法がある。例えば患者をベッドに寝かせ、砂浜で砂浴させるように、もぐさと漢方薬で全身を包んで蒸したり、皮膚に保護布を敷いてから、大椎から仙骨あたりまでの脊際に仕切り板を置いて、その中に大量のもぐさと漢方薬をぶち込んで火をつけたり、下肢に巻きつけたバスタオルにアルコールランプ用のアルコールを大量にぶちまけて火をつけたりと、灸法と呼べるのかと疑うような過激な灸法も珍しくない。背中には背部脊柱灸盒と呼ばれる蓋付き箱型の温灸を当てるマイルドなやり方もある。ちなみに、バケツ数杯くらいに大量のもぐさを使う時は、煙が沢山出るから、施術者はゴーグルとマスクを着用する必要がある。おそらく煙が大量に出るから、自宅でやったら周辺住民に火事だと勘違いされて通報されるかもしれない。スプリンクラーが設置されている室内なら水浴びが出来るだろう。

 

また、神庭と本神へ刺鍼する三神針や、四神聡を進化させた靳三针の四神針などが精神や自律神経の安定に効果があるとして、不眠治療に用いられたりしている。もちろん、弁証的に肝気や心気を整えるようなツボへ刺鍼したり、例えば「単穴针灸治急症(人民衛生出版社)」という本には弁証によって神門、豊隆、後溪、照海の何れか1穴を使って治療する、という新しそうで昔ながらの方法もある。ちなみにこの本は2015年に出版された本で、山東省徳州市の苗子庆という苗族と誤解されそうな名前の中医師が書いたものだけれど、中々面白い本だ。柳谷素霊のプレミア付きの本を買うより、32元出してこの本を買った方がお得かもしれない。

 

他に奇抜な刺鍼法では、太さ0.5mmくらいの毫針で舌先(中医学で心気の状態が現れるとされる部位)へ即刺即抜を何度も繰り返す、というやり方もある。ちなみに、これは自分にやってみたが、激痛なだけで効かなかった。まぁ心気が亢進しているような、舌先に熱症状が現れているような人には効くのかもしれないが、あまりにも痛いからお勧め出来ない。さらに、脊際に沿って火針でブスブスと、ひたすら皮膚が赤くなるまで刺すという熱痛そうな刺鍼法もある。これは主に湿邪が溜まっているような人に使うが、痕が残るからあまり宜しくない。他にも刮痧や拨罐を用いた方法もあるが、これらも皮膚にエグいくらいのダメージを与える割に効果がずば抜けているわけではないから、おすすめ出来ない。

 

私は自分が眠れぬ時、夜中に自分の体へ刺鍼することがあるのだが、座位でやることもあって、腓骨筋や前脛骨筋、太衝、足三里、三陰交あたりに刺鍼することが多い。これで前腕のツボに少し台座灸をするだけでも良く眠れる。中国では足三里に毎日灸を据えると100歳以上まで寿命が延びるとか、実際に万病を治すと言って足三里だけに灸痕が残るほど強めの生姜灸をする中医師もいるくらいだが、確かに足三里は不眠にも効きそうなツボだと思う。

 

ちなみに、TVなんかではオエライ医者が「カルシウムは神経の興奮を鎮めますから、眠れない時は牛乳を飲みましょう」なんて発言することがあるが、就寝前に牛乳を飲むと血中カルシウム濃度が上昇するから、就寝中に結石が出来やすくなると言われている。最近は医学の専門家であるはずの医者が医学的に可笑しいことを公言するもんだから、病気になる人が増えて困ったことになる。まぁ確かに医者は病人が来ないと食っていけないから、あえてそういうことを言うのかもしれない。客が来なくて困った自転車屋が、近くに停めてある自転車のタイヤを片っ端からパンクさせて儲けた、という事件と似たようなものかもしれない。

 

とりあえず、不眠症には背中の筋肉をゆるめることが最も効果的であることが多いから、別に針をせずとも、ヨガやストレッチング、体操、ストレッチボールなどで背中を伸ばしたり、赤外線や温泉で背中を温めるのも良いとは思う。それらを日常的にやっていれば、再発の予防にもなるだろう。しかし仕事であまりにも疲れている人は、仕事が終わって帰宅したら何もやる気がせず、飯食ってバタンキューであろうから、体操をしたり、湯船に浸かる気力もないかもしれない。それに筋肉は凝り過ぎると体操しても温めても、どうにもならぬ様相を呈することがあるから、そんな時は針を刺すしかない。

 

台座灸なら自宅でも比較的やりやすいかもしれないが、誤って火傷するまで焼いてしまう人もいるだろうから、慣れるまでは難しいかもしれない。何より、火事の危険性もある。(灸法はこちらをご参照下さい→家庭で出来る灸治療 of 東京つばめ鍼灸

 

そうなると、ある程度筋肉がゆるむまでは、週1回くらいのペースで、しばらく鍼灸院で鍼を打ってもらうのが楽かつ効果的だと思うが、何せ鍼は痛いのと、下手くそが打つと肺に当たって気胸になる可能性もあるから、中々万人に勧められるものではない。

 

 

 

無慈悲なピーポ

久々に師匠に針を打ってもらうため、師匠ハウス(小菅の北京堂)へ行ってきた。もう何年も針を打ってもらっていないから、背中がかなり凝っていた。

 

9:30の予約だったから、遅れないように7:30に家を出た。渋滞が無ければ45分くらいで到着するが、朝はどのルートで行ってもラッシュは避けられぬから、最低でも2時間前に出ないと間に合わない。

 

甲州街道はいつも通り高井戸の交差点で渋滞していたが、何とか40分くらいで永福町を通過して、首都高に入ることが出来た。幸い首都高は空いていて、C2(環状2号線)から千住新橋まではガラガラだった。今は小菅ジャンクション付近の4車線化工事の真っ最中だから、北京堂最寄りの小菅出口は封鎖されていて出られなくなっている。

 

そもそも、神田橋から6号線を抜けて小菅へ行くルートは、C2ルートとは対照的に元々湿地帯だった場所で震災の時に崩落しないとも限らないし、何より交通量が多くて、特に小菅出口手前での車線変更がリスキーだから、C2ルートで地下を抜けてゆく方が安心感がある。

 

小菅には9:00前に到着した。早く着き過ぎるのも迷惑だろうと思い、北京堂近くのコモディイイダというスーパーで時間をつぶすことにした。

 

2Fの駐車場に車を止め、1Fの入口へ降りると、地元民らしき人々が今か今かと開店するのを待っている姿が見えた。

 

店員が自動ドアのロックを外すと、地元民が我先にと水汲みスポットへ駈け出した。どうやら、開店早々に水をもらいに来たらしい。

 

とりあえず、店内を徘徊したあと、自宅用のスリッパを2つ買って、師匠ハウスへ行くことにした。スリッパが島根なみに安くて、少し感動した。

 

9:00の予約が入っていなかったから、一番乗りだった。1Fのベッドで施術してもらうことになった。同伴していた嫁に刺鍼中の動画を撮ってもらっていたが、撮影中におかんから電話がきたため、一旦撮影を中止せねばならなかった。師匠は手を止めないもんだから、一部動画を撮り損ねてしまった。

 

おかんはこの日の前日に、渋谷のオーチャードホールで某歌手のコンサートを観ていたらしいのだが、ライブ中、突然天皇陛下が現れて、自分のすぐ近くに座ったもんだから、その興奮を誰かしらに伝えたいらしかった。 f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150057j:plain

 

与太話をしながら針を刺してもらっていると、鍼灸師のFさんが出勤してきた。最近は毎日のように見学しに来ているらしい。まことに誠実そうな人だ。師匠は鍼を刺し終えると、2Fへ上がって次の患者の治療を始めた。天井からドスドスと慌ただしく歩き回る音が聞こえたが、それほど気にならなかった。

 

10:30からは私も見学させてもらう予定だったので、30分くらいの留針で抜いてもらうことにした。とにかく三角筋への刺鍼が痛過ぎた。久々に刺鍼したこともあり、抜鍼後はしばらく動けなかったが、何とか気合で起き上がり、白衣を着て2Fに上がった。

 

2Fの患者の施術が終わると、今度は1Fに患者が来た。肩周りが異常に硬い患者で、刺鍼される度に悲鳴を上げていたが、患者が悲鳴を上げる度に、師匠はニタニタしていた。

 

午前中、最後の患者の施術が終わると、師匠は冷凍庫からおもむろに「モナ王」を箱ごと取り出し、「あんたらもせっかく来たんだから、良いものをあげましょう」と言って、アイスを1つずつ差し出した。師匠はFさんにも「あんたも食べる?」と言ったが、Fさんは「僕はいいです」と答えたため、師匠は「あっそ」と言った。

 

こういう時は、喜んでアイスを頂戴するのが北京堂の弟子の流儀である。「空きっ腹にいきなりアイスを食べたら血糖値が急上昇して危険だろう」など野暮なことを考えて、師匠の好意を拒否してはいけない。アイスを食べながら、しばし与太話をしたあと、帰ることにした。

 

外の気温はすでに30℃を軽く超えていて、日差しがジリジリと地面に照りつけていた。車に乗り、千住新橋を渡って、久しぶりに上野でブラブラしてから帰ることにした。浅草に行っても良かったが、最近の浅草ランチは暴利を貪っている感じがあるため、あまり昼時に行きたいと思わない。

 

上野に車で来た場合、上野公園下の京成上野駅駐車場に止めるのが無難だ。出入りしやすいし、丸井やヨドバシカメラで商品をなんぼか購入すると、最大2時間まで無料になる。

 

本当は恐竜展を観に行こうかと思っていたが、すでに終了しており、観たい展示がなかったので、駅前を徘徊することにした。

 

12時を回っていたので、先にランチを食べることにした。とりあえず、駐車場と提携している丸井で食べることにした。

 

食事を終えて外へ出ると、田中真紀子氏が演説していた。どうやら選挙に出馬する夫の応援らしい。田中真紀子氏は小柄なお婆さんという感じだった。テレビで観るより小さく観えた、というのはよくあることだ。大して興味が無かったので、アメ横をブラブラすることにした。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150125j:plain

 

アメ横ですれ違う人の8割以上が中国人と白人、という感じだった。最近は成金タイプの爆買い中国人が減った代わりに、ミドル層の中国人が増えているらしいが、確かにそんな風貌の中国人が多く歩いていた。

 

中高生の頃、アメ横にはよく来ていたが、あの頃の客層とは随分違ってきているように感じた。あの当時はアメ横のあちらこちらに、黒人やら中東系の外国人がうろついていて、束になった偽造テレホンカードをペラペラめくりながら近寄って来ては、「10マイ1000エンダヨ!」と耳元でささやいて、購入を迫ってきたりして、やかましかった。その当時はまだ携帯電話なんて普及しておらず、ポケットベルが大流行していた時代だったから、金の無い中高生はアヤシイ繁華街の片隅で偽造テレホンカードを購入しては、公衆電話を使って、大して内容のないメッセージをやり取りしていたものだった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150302j:plain

 

当時はスマホなんて便利なものは想像出来なかったが、本当に科学技術というものは日進月歩で、あと20年も経ったら、iPhoneなんて化石に等しいくらいガラパゴス的な存在になっているかもしれない。

 

20年前のアメ横と言えば偽造テレホンカードのほかに、中田商店のイメージが強い。中田商店は今もアメ横に健在の、マニアにはよく知られたミリタリーショップだ。私が中学生の頃は、何故か米軍のフライトジャケットが大流行していて、みな質の良いMA-1を羽織ることに憧れていたから、なけなしの金を握りしめては、中田商店へ行ったものだった。中田商店には米軍払い下げ、モノホンの軍モノが並べられていたから、涎を垂らして通い詰めるマニアも少なくなかった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150339j:plain

 

中田商店近くには、中国式に、カットしたフルーツを割りばしに刺して売っている店があった。北京でも夏になると、路上の屋台で長細くカットしたハミウリなんかを、串刺しにして売っている。ここでもスイカやメロン、パイナップルを串刺しにして売っていた。主に中国人が喜んで買っているようだった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150328j:plain

 

しばらく歩くと、ケバブ―を売っている店が見えた。ケバブ―の店は原宿と秋葉原で見た以来だ。トルコ人らしき男の店員が店頭に2人立っていて、店の前を通りかかる人を強引に引き込もうとしていた。「ケバブ、タベヨウヨ」などと馴れ馴れしい日本語で通行人を塞ぐように営業するもんだから、大抵の人は嫌がって近寄らないようだった。

 

ケバブの隣は中国人が経営するいわば小吃(軽食)な店で、店頭では揚げたての油条を売っていた。油条はいわば揚げパンみたいなもので、日本の揚げパンとはちょっと違うが、中国ではメジャーな軽食である。よく朝っぱらからこんな脂っこいもん食べるな、と思うが、北京では朝食で食べる人も少なくない。

 

東京では珍しいから、思わず「油条だ」と中国語でつぶやくと、店頭で客引きしていた中国人のオバハンが、「おいしいよ。中で座って食べてって」と中国語で話しかけてきた。昼食を食べたばかりだったので、断ることにした。何となく店にカメラを向けると、店頭のオバハンは笑顔でおどけたポーズをとった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150351j:plain

 

少し歩くと、仮面を売っている店があった。アメ横は通りを外れると途端に人気が失せる。ガード下には年季の入った小さな店が密集していたが、どうやら全面改装するのか、ほとんどの店が養生シートで覆われていた。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150402j:plain

 

御徒町まで行くのは面倒なので、Uターンして上野駅方面へ戻ることにした。再びガード下でウロウロしていると、突然、見知らぬオバハンが片言の日本語で「スイマセン」と声をかけてきた。

 

どうやら中国人観光客らしい。オバハンは中華製スマホの画面を私の方に向け、何やら日本語をしゃべろうとしているように見えたが、勉強不足なのか、それ以上、言いたい日本語が出てこない様子だった。

 

画面を見ると「百货公司」とだけ表示されていて、スマホの辞書アプリを使って表示したらしいが、日本語は表示されていないかった。私が「baihuo gongsi」と中国語で読み上げると、オバハン3人は声をそろえて「哎!」と叫んだ。日本語しか通じないと思っていた人間が、予想外にもいきなり中国語をしゃべったから、喜びつつもビックリしたらしい。

 

そもそも「百货公司」の「公司」は「~会社」の意味だと覚えていたし、「デパート」に該当する中国語は「百货商店」か「 百货大楼」のはずだろうと一瞬戸惑った。しかし、どうみても観光客らしきラフな格好をしたオバハン達が、これから何某かの会社を訪問するような雰囲気でもなかったから、きっと「百货公司」は「デパート」の意味だろうと判断して、スマホの画面を指さしながら「ここへ行きたいんですか?」と中国語で聞いてみた。

 

すると、スマホを差し出したオバハンが嬉しそうにうなずきながら、スマホを指さして「Go!Go!」とわけのわからぬ英語をしゃべるので、「この付近にデパートは無いですよ」と中国語で答えると、オバハン達が「谢谢」と言って会話が終了した。

 

そういえば、さっき行ったばかりの丸井がデパートみたいなもんだな、などと思いついたりしたが、丸井は基本的に若者向けだから、あの中年中国人の好みでは無いかもしれないな、などと勝手に判断した。

 

あまりにも暑いので、上野公園入口付近のビルにある、タリーズコーヒーへ行くことにした。嫁はタピオカ入りの冷たいミルクティーを飲みたいと言った。どうやらこのビルは最近出来たようだが、確かここには上野土産で有名な饅頭屋があったはずだ。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150426j:plain

 

タリーズコーヒーは満席だったので、しかたなくテイクアウトして、再び街を徘徊することにした。何となく、さっき見かけた中華系軽食店にあった煎饼が気になっていたので、買いに行くことにした。煎饼は北京の屋台でよく見かけるファストフードだが、北京では衛生的に危なそうな雰囲気が多かったから、これまで食べたことがなかったのだ。で、話のネタにするため、一度は食べてみようと思った。

 

店の前にはさっきと違う中国人のオバハンが立っていて、「煎饼果子を1つ下さい」と中国語で言うと、「ここで食べるか、持ち帰りか?」と聞いてきた。すかさず私が「带走,带走(持ち帰り)」と答えると、オバハンは厨房に向かって「煎饼果子一个,打抱!」と叫んだ。オバハンに300円を渡すと、オバハンはニコニコしながら「あんたら日本人?」と中国語で言い、椅子を差し出して、座って待つよう促してきた。店の奥では、中国人らしき先客が豆乳を飲んでいた。中国人は本当に豆乳が好きだな、と思った。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713212715j:plain 

改めてメニューを眺めると、あやしい日本語が書かれていることに気が付いた。メニューには「煎饼果子(菓子入り焼き餅)」と書かれていたのだ。「煎饼」は日本語的に読めば「せんべい」だが、中国語の「煎饼」はせんべいでもなければ餅でもない。「果子」は本来は「馃子」の意味で、油条や焦圈儿などの揚げパンを意味する。しかし「果子」は古い中国語では菓子を意味するらしいから、「揚げパンを挟んだ中華風クレープ」と訳すべきところを、誤って「菓子入り焼き餅」と訳してしまっていたようだった。「菓子入り焼き餅」と言ったら、日本人はアツアツのお餅の中に、アンコやぷっちょなんかが入っていると思うに違いない。これは中国人にありがちな誤訳だ、と思った。

 

5分くらいして商品が出てきた。小麦粉と刻みネギ、卵を混ぜて焼いた生地に、甜麺醤を少し塗って、レタスと油条を挟んだだけの煎饼だった。菓子など微塵も入っていなかった。

 

南方発祥の軽食らしく、甜麺醤が甘すぎて、私の嗜好には合わない感じだった。きっと甘くない北京の煎饼だったら口に合うかもしれないな、と思った。とにかく、菓子なんて入っていないから、「菓子入り焼き餅」だと思って食べた日本人は、「なんじゃこりゃあヾ(*`Д´)ノ!」と発狂するかもしれない。

 

中華系軽食店に別れを告げ、再び来た道を戻ると、中国人との会話を盗み聞きしていたらしきケバブ売りのトルコ人が、我々に向かって「ケバブ、ハオチー、ハオチー」と慣れ慣れしく話しかけてきた。どうやら私が中国語を話していたから、我々を中国人だと思ったらしい。トルコ人には中国人と日本人の見分けがつかぬのだろう。今度、機会があったらケバブを買ってあげよう。

 

アメ横を抜けて、上野公園へ行くことにした。身長に比して明らかに顔がデカすぎる西郷さんの銅像を見つつ、寛永寺へ向かった。昔は、このあたりにホームレスが沢山いたものだが、今も似たような人がチラホラいた。

f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150505j:plain

 

寛永寺へ行き、月の松を見た。広重が描いた松とは大違いで残念だったが、まぁ趣があって良かった。寛永寺徳川家康が天海という謎多き坊主に作らせた、鬼門封じの寺としてマニアには有名だ。江戸城から見て表鬼門、丑寅の方角に位置していて、江戸を守る結界を張るための重要な寺だったと言われている。江戸城、つまりは今の皇居の表鬼門に位置するスカイツリーと、裏鬼門に位置する東京タワーは、東京の結界を破るために秘密結社の陰謀によって建設されたとまことしやかに囁かれているが、真実はどうなのだろう。確かに、あんな電波塔があの2か所にあるのは不可解だ。荒俣宏の本を愛読していた青春時代の私なら、きっと将門の怨念だとか、わけのわからぬことを想像してしまいそうだが、きっと庶民には将来も真相などわからぬだろうと思う。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150455j:plain

 

寛永寺をお参りした後は不忍池へ行って、弁天堂へお参りすることにした。嫁と参道を歩いていると、大胆にも素手でたこ焼きを食べている白人家族がいた。このあたりは何故か中国人よりも白人が多かった。みな一眼レフを首からぶら下げて、写真を撮っていた。 f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150518j:plain

 

お堂の横にある休憩所では、観光客らしき白人少女2人が、小さな亀を片手にスマホで写真を撮っていた。どうやら、地元民らしきジジイが、自分が飼っている亀を連れてきて、観光客が座るテーブルに放して、遊んでいるようだった。老若男女が集う境内で、可愛げなteenagerばかりを相手に亀を放している様子は、どうも猥褻な感じと言うか、スケベな感じがしたが、もしかしたら私の豊かな想像力が暴走しているだけかもしれぬから、放置することにした。 f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150528j:plain

 

その後はしばらく、池の中にチョコチョコ咲いている蓮の花を眺めたりしていたが、あまりにも暑いので、帰宅することにした。  

 

自宅へ帰る途中、新宿通りでピーポ君とピー子を見つけたので、ここぞとばかりに、記念撮影しようということになった。早速、交差点を左折し、新宿2丁目付近の「男性マッサージ専門」という怪しげな看板を掲げた店の近くのコインパーキングに車を止め、急ぎ足で交差点へ向かった。

 

しかし、ピーポ君とピー子の「中の人」の勤務時間は17時までらしく、通りかかった時は16時50分くらいだったが、無慈悲にも2匹は交番に吸い込まれるように消えてしまって、記念撮影は出来なかった。f:id:tokyotsubamezhenjiu:20160713150548j:plain

 

胆嚢結石の予防と治療(『中華医薬』に学ぶ実際の症例)

今回参考にした中華医薬は、胆嚢結石についてである。ここ数年、メディアの影響で小食、粗食がブームになっており、1日1食が良いと主張する人もいれば、1日2食が良いと主張する人もいる。3食は獣、2食は人間、1食は聖などと言う人もいる。インドには食事を一切摂らず、「私は太陽を眺めているだけで生きてゆける」と主張する人もいるらしい。体を浄化するという断食も、根強い人気がある。

 

確かに大食、過食、偏食は心身を狂わせ、健康を損ねる可能性が高い。しかし常軌を逸した小食も、健康を損ねる可能性がある。仙人は霞を食って生きていると言われているけれども、あくまでそれは仙人の話であって、常人はちゃんと食べなければ生きてゆけない。今のところ、美食を避け、粗食を基本とし、朝晩は少な目、昼をメインにした食事法が最良だと考えられるが、現代人の生活環境、生活形態は様々であるから、メディアに惑わされず、各々が最良の食事法を見つけるしかないだろうと思う。

 

胆嚢結石の予防と治療(『中華医薬』に学ぶ実際の症例) 

「肝胆相照(gandanxiangzhao)」という故事成語があるとおり、肝臓と胆嚢には密接な関係がある。胆嚢に問題が出た場合、肝臓の解毒機能や胆汁による脂肪の消化に影響が及ぶ。人体において胆嚢は重要な臓器である。

 

《Zさんの症例》

44歳のZさんは北京の飲食業の会社の会計をしている。彼女は入社以来、真面目に働いてきたが、2015年の初め、突然の腹痛に襲われ、まともに働くことが出来なくなってしまった。彼女は2015年に入ってから、ずっと胃の不快感を感じていた。最初の数か月は1~2週間に1回痛んだ。それはまるで、腹の中を紙やすりで削られているような痛みで、立っていることも座っていることもままならなかった。言葉では表現しがたい痛みだった。その後、痛みが数時間続くようになったため、会社に休暇をもらい、しばらく自宅で休養することにした。特につらかったのは空腹時の右上腹部の膨満感で、少し何かを食べると治まった。

 

当初、彼女は仕事が忙しかったため、食事時間が不規則になっていたのが原因だと思い込んでおり、数日休めば好転するだろうと考えていた。しかし時間が経つにつれ、症状は耐え難いほど悪化していった。1日中ずっと痛むようになり、背中も痛み出した。彼女はまともに働けないだけでなく、まともに眠ることさえ出来なくなった。ベッドに横たえて、体の向きを変えても、痛みは消えなかった。彼女はついに耐えられなくなり、病院で検査を受けることにした。 

 

《医者の誤診》

医者は彼女の生活習慣について、いくつか詳細に問診した。問診を終えると、医者は「胃炎でしょう」と言った。そして、胃炎を緩和させる薬を処方し、自宅で服用するように言った。彼女は自宅に帰って薬を飲むと、少し症状が緩和された気がした。痛む時間が減ったようだった。彼女は薬を飲み続ければ治るだろうと思った。しかし、しばらく薬を飲み続けたところ、食欲不振になり、再び右上腹部が痛み出した。

 

胃炎は多くの原因によって起こる胃粘膜の炎症で、上腹部の不快感、鈍痛などの症状がみられる。通常は消炎鎮痛薬を服用することで痛みが緩和される。では、なぜ彼女は数か月も薬を服用したのに、炎症が治まらず、右上腹部痛や食欲不振が出たのであろうか。

 

おかしいと感じた彼女は、再び病院へ行き、自分の体に何が起こっているのかをちゃんと確かめることにした。超音波検査をすると、胆嚢結石が見つかった。医者は、胃痛や背部痛はこの結石が原因であろうと言った。しかし、なぜ彼女は胆嚢結石が出来たのだろう。彼女は非常に驚いたが、特に珍しいケースではなかった。

 

《Wさんの症例 》

Wさんは24歳だ。彼は3年前から突然の腹痛に襲われ、大学生活を楽しく過ごせていない。夏のある夜、冷えたビールを2本ほど飲み、その晩、帰宅後に体に異常感が現れた。22時頃に腹が締め付けられるように痛んだので、病院へ行くことにした。しかし、一般の外来受付時間はとうに終わっており、急患として診てもらうため、急いで手続きをとった。医者は飲酒による胃炎だろうと診断して、手早く数種の消炎剤を処方しただけだった。彼は、胃炎の治療は時間がかかるものであり、特別な治療法はないと信じていたため、その後は悪い生活習慣を改め、規則正しい生活をするように心がけることにした。同時に処方された薬も飲み続けることにした。

 

彼は5年ほど、朝食をほとんど食べない習慣を、依然気にしていなかった。腹痛は冷たいビールを2本飲んだことが原因だと思い込んでいた。しかし、事態は彼が考えているほど簡単ではなかった。思ってもみなかったことが起こったのだった。

 

2012年の10月頃、彼が同級生とパーティーへ出かけた時の話だ。会食を終えて、帰宅した後、深夜2時頃にまた腹痛が始まった。それは表現しがたいほどの痛みで、朝まで眠れなかった。痛みでベッドをのた打ち回った。やっとのことで夜が明けると、彼は急いで病院へ行き、自分の体に何が起こっているのかを検査してもらうことにした。超音波検査の結果はさらに彼を驚かせるものだった。胆嚢炎および胆嚢結石であると診断された。彼は当時21歳で、まさかこんなことになるとは思わなかった。彼は中高年がなる病気だと思っていたから、自分の状況を受け入れることが出来なかった。

 

胆嚢結石は40歳以降に発症しやすい胆嚢疾患の一種だ。では、なぜ21歳の彼に胆嚢結石が出来たのだろうか。胆嚢結石と診断したあと、医者はWさんの生活習慣について詳しく質問した。

 

ZさんとWさんには共通点がある。まず、二人とも最初は胃炎と診断され、最終的に胆嚢結石だと診断された。胃炎と胆嚢結石を発症した時、現れる症状にはどんな違いがあるのだろうか。胃炎と胆嚢結石の痛みは似ているため、一般的に胃炎と胆嚢炎は混同されやすい。

 

《胃炎と胆嚢炎の見分け方》

では、医者はどのように区別するのだろうか。胆嚢は消化器系において重要な臓器の1つだ。もし胆嚢の中に結石ができた場合、胆嚢が収縮すると結石が胆嚢頸部に移動するため、右上腹部に張るような痛みが現れる。ひどい時は締め付けるような痛みが出る。胃炎の場合、胃が張るような痛みや、胃もたれ、げっぷがみられるが、通常は特に目立った症状は現れない。

 

自宅で腹痛がなかなか治まらない時は、胃と胆嚢のどちらに問題があるか調べる簡単な方法がある。まず、胆嚢の体表投影点を探す。右季肋部(肋軟骨)の下縁と腹直筋の外側の間で、臍から3~5指頭くらい右斜め上方の部位を胆嚢の体表投影点とする。ここを、深く息を吸いながら親指で押し、突然呼吸が停止するほど痛むようであれば、これをマーフィー徴候と言って、胆嚢に問題があるとみる。通常、胃炎にはこのような徴候はみられない。

*深吸気時には肝臓が下降して胆嚢に触れるため、疼痛を感じて吸気を止める。急性胆嚢炎の古典的かつ理学的診断法。

 

《朝食と胆嚢結石の関係》

実は、Zさんの家族には胆嚢結石患者がいた。彼女の兄も、10年前に胆嚢結石の手術を受けていたのだ。兄と妹が罹患しているということは、胆嚢結石には遺伝性があるのだろうか。また、Zさんの兄はどのような経緯で胆嚢結石になったのだろうか。

 

「兄は毎日お酒を飲んで徹夜していて、基本的に朝食は食べていないと思います。夜型で明け方になって就寝するため、いつも起きるのが昼の11~12時くらいです。兄は大学を卒業してから、ずっとそんな生活だったと思います。」とZさんは言った。彼女は兄と違って、徹夜したこともなく、自分の生活習慣に偏りはないと思っていた。では、なぜ彼女は胆嚢結石を患ったのだろうか。彼女との雑談を通して、あることがわかった。以下は最近1週間の彼女の食事の内容だ。一定の傾向があるのがわかるだろうか。

 

月曜日(朝食:なし、昼食:土豆牛肉、夕食: 排骨炒豆角)

火曜日(朝食:なし、昼食:烧茄子、夕食:炖牛肉、酸菜白肉)

水曜日(朝食:なし、昼食:猪肉粉条、夕食:西兰花、炖鸡翅)

木曜日(朝食:なし、昼食:魚、夕食:麺類)

金曜日(朝食:なし、昼食:红烧鸭架子、夕食:外食)

 

つまり、朝食はほとんど食べておらず、夕食の量が多いのだ。彼女は今の会社で働き始めて7~8年になるが、この仕事に就いて以来、時間通りに朝食をとったことがない。朝食は食べないことの方が多い。また、比較的脂っこい料理ばかりで、昼食も夕食も時間が一定しておらず、1日3食を決まった時間に食べたことがなかった。では、Zさんと彼女の兄が胆嚢結石になったのは、朝食を抜いていたことに原因があるのだろうか。彼女は、朝食を抜いていたことに、胆嚢結石の直接の原因があるのではないかと考えた。

 

《李月廷医師の考察》

北京市中西医結合医院普外科(一般外科)の主任医師である李月廷医師は、「朝食を食べないことは、確かに胆嚢結石の原因の1つにはなり得ますが、原因はそれだけではありません。結石が出来る原因は主に3つあります。1つ目の原因は、胆汁の中のコレステロールや胆汁色素などの濃度がひどく高くなって、胆石の基礎が出来ることです。しかし、コレステロールの濃度が高くなったとしても、結石が出来るとは限りません。つまり、豆乳を豆腐にするにはにがりを入れなくてはなりませんが、胆汁の中にもにがりのように作用する成分があり、それが胆汁の中の有形成分の沈殿、結石化を促すのです。2つ目の原因は胆嚢の機能そのものにあります。もし、胆嚢の機能が非常に良ければ、胆汁の有形成分が溜まっていたとしても、胆嚢が収縮したときに、胆汁が十二指腸から体外へ排出されます。つまり、胆嚢の働きが正常であれば結石を予防出来ますが、胆嚢の働きに問題があると、結石が形成されやすくなります。3つ目の原因は、朝食をとらないことです。朝食を食べないと、空腹時間が非常に長くなります。例えば、夜から次の日の昼まで食べないでいると、肝臓で生成された胆汁が胆嚢の中でどんどん濃縮されます。そうすると、胆汁の中の有形成分の濃度も高まります。すると、胆汁の中のにがりのような成分が作用する時間が長くなるため、沈殿する成分が増加します。もし、このような状態で食物を摂取すると、胆嚢の働きが低下していて沈殿した成分を排出しにくくなるため、結石が出来やすくなるのです。したがって、朝食抜きの生活は、結石形成を促す1つの要因になり得ます。自分の健康をコントロールするためには、朝食は食べた方が良いのです。」と主張する。

 

食事時間の間隔が長ければ長いほど、胆汁の分泌量は増える。しかし、朝食をとることで、夜間に濃縮されていた胆汁を排出することが出来る。したがって、年齢が若くても、朝食を抜くと胆嚢結石の発症率が上がる。実際に、最近では年代を問わず、胆嚢結石の発症率が上昇している。若者は仕事のストレスが増大し、生活リズムが速くなっており、忙しすぎて朝食を食べることが出来る人は極わずかだ。さらに、昼間も忙しいため、昼食は適当に済ませ、夕食はタンパク質や脂肪が多いメニューにしがちだ。また、運動する時間もないため、若いうちから肥満や高脂血症になることがある。最近の子供によくある脂肪肝はその一例だ。つまり、朝食抜き、高コレステロール食品の過剰摂取、食物繊維の摂取不足、運動不足などが、近年の若者の結石を助長させているのだ。

 

《夜間痛の理由》 

胆嚢結石に夜間痛が多くみられるのはなぜだろうか。就寝して体を横にすると、結石は胆管へ移動する。夜に疼痛が出やすいのは、これが原因だ。つまり、体位の変化によって、結石が胆嚢頸部に移動したり、胆管を塞いだりして、痛みが出る。日中に激しい痛みが出にくいのは、結石が胆嚢の底にあるからだ。

 

《Zさんのその後》

Zさんは、医者に「胆嚢が機能していないから、胆嚢を摘出したほうがいい」と言われた。しかし、彼女は自宅へ帰って夫と相談し、「胆嚢は本来必要があるから体に備わっているわけで、無暗に摘出するべきではない」と決断した。実際に、胆嚢は小さな臓器ではあるが、体内においては非常に重要な働きをしている。胆嚢は胆汁を蓄えるだけではなく、食物の消化を助ける作用がある。

 

結局、彼女は胆嚢を摘出しないで済む治療法を探すことにした。いくつもの大病院を駆け回った。ある病院で入院して検査した結果、彼女の胆嚢の機能は健全で、胆嚢の中の結石を取り除けば、胆嚢を摘出しなくても良いということがわかった。そして彼女は8時間におよぶ手術によって、胆嚢の中の結石を全て取り除くことに成功した。

 

《胆嚢摘出のリスク》

胆嚢を摘出すると、人体には多くの影響が現れる。その中で最も多くみられるのが、消化機能への影響で、消化不良や膨満感、下痢などが現れるようになる。他にも、胆管結石のリスク増加、逆流性胃炎、大腸癌のリスク増加、非アルコール性脂肪肝、心臓・脳血管障害のリスク増加などがある。確かに、胆嚢に病巣があるならば、胆嚢を摘出しなければならないケースもある。しかし、胆嚢が機能していて摘出する必要がなければ、摘出しない方が良い。

 

《手術の歴史》

1867年にはアメリカの外科医が30歳の女性患者の胆嚢を切開して、結石を取り出している。しかし後に、この方法は再発率が80~90%であることがわかった。1882年にはドイツの外科医が臨床観察や動物実験、解剖学の研究を経て、世界で初となる胆嚢摘出手術を実施した。その後、胆嚢摘出手術が広まったが、医療設備が飛躍的に発展すると、1987年にはフランスの産婦人科医が、患者の手術中に胆嚢結石を発見し、腹腔鏡を使って胆嚢を摘出した。手術痕が非常に小さく、回復も早かったため、その後は腹腔鏡手術が全世界に広まった。現在、アメリカでは毎年50万例以上の胆嚢摘出手術が行われている。しかし、どのような手術が適合するかは患者によって異なるため、超音波検査などによって専門家が総合的に判断し、どの手術にするかを決めなくてはならない。

 

《術後の管理》

手術で胆嚢の中にある結石を取り除いたとしても、肝臓が分泌する胆汁は変わらないため、再び結石が出来る可能性がある。そこで中药(≒漢方薬)を用いて、再発を予防する必要がある。北京市中西医結合医院中医内科の主任医師である徐春凤医師は「臨床でよく使われるのは筚拨(bibo、コショウ科の植物である筚拨の穂)、金钱草(jinqiancao)、柴胡(chaihu) などの疏肝利胆作用がある药材(≒生薬)です。」と言う。

 

筚拨には温中散寒(wenzhongsanhan)、行气止痛(xingqizhitong)の効果がある。最近の研究では、筚拨に含まれる胡椒碱(hujiaojian、ピペリン)に、高コレステロール食品に起因する胆嚢結石を予防する効果があることがわかっている。また、血中総コレステロールとLDLの値を下げる明らかな効果もある。さらに、免疫調節作用(抗腫瘍、抗疲労、抗うつ、抗潰瘍)があり、心筋の保護作用もある。そのため、臨床では疏肝利胆と免疫調節を備える中草药(≒漢方薬)としてよく用いられている。

 

《胆嚢結石になりやすい人》

胆嚢結石になりやすい人はどんな人だろうか。胆嚢結石はよくみられる病気で、人種や生活環境、生活習慣と密接に関係している。罹患者には「5F」という5つの特徴がみられ、Forty(40歳)、Fat(肥満)、Family(家族歴)、Female(女性)、Fertility(多産)に当てはまる人が罹患しやすいことがわかっている。

 

胆嚢結石は年齢が上がるほどに罹患しやすく、70~80歳の20~30%が胆石症に罹っていると言われている。肥満の人は、肝臓でコレステロールの合成を促す特殊な酵素が生成されるため、コレステロールの合成が増えると、胆汁の中のコレステロールが増え、結石が形成されやすくなる。家族歴に関しては、1995年にアメリカで研究され、ラットに結石の形成に関係する遺伝子が存在すること発見されている。世界的にみて、女性の胆石症の発症率は男性の2倍である。これは、女性特有のホルモンに関係していると言われている。また、子供を沢山生んだ女性は、胆嚢結石の発症率が高いことがわかっている。

 

中国国内における胆石症の発症率は、1995年の時点では7%であったが、現在は10%で、年齢に関わらず発症率が上昇している。2011年の時点では、結石とポリープを含む胆嚢の良性疾患の発症率は15%程度だった。

 

《結石に良い食事》

まず、バランスのとれた食事が重要だ。特に、ビタミンAが多く含まれる人参、トマト、キャベツなどの緑黄色野菜や、バナナやリンゴなどの果物を食べると良い。高コレステロール食品である動物の心臓、肝臓、脳、腸、卵の黄身、ピータン、魚の卵、チョコレート、肉の脂身、揚げ物は避けるようにする。

 

また、食の安全衛生にも注意し、食事は定時定量を心がけ、夕食から朝食までの時間が空き過ぎないようにする。暴飲暴食は胆汁を大量に分泌させ、胆嚢が強烈に収縮して胆嚢炎になる可能性があるため、避ける。さらに、適度な運動も必要で、長時間の座位は避ける。毎日良い気持ちで過ごし、感情を安定させておき、過労や過緊張は避ける。

日本鍼灸のカオス

もうすぐ、産業廃棄物管理票の提出期限だ。東京で産業廃棄物の処理を業者に委託した鍼灸院は、前年4/1~今年3/31の管理票を6/30までに、東京都環境局あてに送付するよう義務付けられている(八王子市は別らしい)。

 

鍼灸を業にしていると、当然ながら血の付いた綿花や使用済の針がゴミとして出るが、これらは感染の危険性があるから、一般ゴミに混ぜて捨ててはいけないことになっている。ゆえに指定の業者と契約して、処理を代行してもらう手筈になっている。

 

しかし、こういった重要なことが、鍼灸学校でちゃんと教えられていないケースが多々あるそうで、マニュフェストの受け取りや報告書の提出など、業者とのやり取りに関して全く知識がない鍼灸師も珍しくない。いや、むしろ、知っている人は全体の1割以下ではなかろうかという感じが、最近はしないこともない。

 

実際に、知ってか知らずか、数年前、都内でも鍼灸院で出た医療廃棄物を一般ゴミに混ぜて捨てていた鍼灸師が逮捕されている。大したニュースにはならなかったが、そういう状況は氷山の一角ではないかという疑念が年々強くなっている。

 

私が卒業した鍼灸学校でも、産業廃棄物の具体的かつ正しい処理法を詳細に教えていなかったが、知り合いの鍼灸師にヒアリングしてみても、他校でも未だに似たような状況らしい。

 

ただでさえ鍼灸はインチキだとか、プラシーボに過ぎないとか、怖いとか、危ないとか、効かないとかいうネガティブな世論が相変わらず大多数を占めているのだから、最低限、使った針の廃棄くらいはマトモにやってもらいたいものだ。

 

多くの鍼灸師は治療の効果がどうとか、あの流派はどうだとか、どうやったら売り上げが伸びるかなんてことばかりにこだわる。しかし、「その前に産業廃棄物を適正に処理しなさい」とツッコミたいところだが、基本的に鍼灸師は人の話を聞かない人が多いから、どうにもならぬ。特に、私のように権威や肩書のない人間の話なんて、誰も聞く耳を持たないだろう。まぁ、だからと言ってイ〇ンド大学名誉教授とか、〇〇協会理事とか、わけのわからぬ肩書を背負って、むやみやたらに己を権威付けして人を集めようとは思わぬ。

 

日本では、鍼灸学校に入るまではニートや社会的弱者だったような人が、白衣を羽織ってあたかも医者のような素振りで鍼灸業を営んでいるもんだから、「白衣を着ているから鍼灸師は医者の一部なんだろう」と、わけのわからぬ思い込みを抱いてしまう患者がたまにいる。かといって、一部の鍼灸師のように作務衣を着るというのも感心出来ぬ。

 

実際、日本には「〇〇医学センター」などと、医療機関と勘違いさせるような屋号を付した鍼灸院があったり、「私は鍼灸医だ」とか、「私の前世は医者だった」とか、「中国デハ医者ヲシテイマシタ」などと恥ずかし気もなく叫んでいるオエライ鍼灸師が実在するから、素人にはもうわけがわからないだろうと思う。

 

特に、都心部では作務衣を好んで着用するカ〇トな鍼灸師もいたりするもんだから、素人には鍼灸師が医者なのか、出家者なのか、易者なのか、玄人のフリをした素人なのか、全くもって見分けがつかぬようなカオスな状況になっている。そのうち、きわどいコスプレしたり、袈裟や白装束を着て施術する鍼灸師が現れるかもしれない。いや、今の由々しき日本鍼灸界の現状を鑑みると、すでにそういう鍼灸師が存在しているかもしれない、と思えないこともない。彼らは鍼灸を神秘的で特別な「医療」だと捉え、あえて白衣を脱ぐことで、自分たちを特別な「医療人」だと思い込んでいるのかもしれない。

 

鍼灸師が作務衣を着るという行為の潜在意識には、医師や現代医学に対する一方的な妬みや癖論、悪い思い込みなどがあるように思えてならぬ。つまり、出家者や浮世離れの象徴であるような作務衣を着ることで、鍼灸に批判的な世論から逃れ、鍼灸の科学化や進化を拒み、鍼灸を現代医学の対極にある尊いものであると信じているように見えるのだ。それはまるで、反抗期の子供がただ現実逃避して、小さな世界に閉じこもっているだけのようにも見える。

 

真面目に鍼灸の効果を検証したり、鍼灸で医師や患者、他の医療関係者の信頼を得ようと思えば、作務衣を着て施術したり、一部の人間しか理解出来ぬ「気」がどうのこうのとか非科学的なことを大々的に主張すべきではない、と私は考えている。また、論拠があいまいで効果が一定していないような施術や、一見して鍼灸院と認識出来ぬような屋号を付けたりすることも、まず避けるべきだと思うが、やはり想像力が欠如した輩は益々鍼灸界を貶めているようでどうにもならぬ。

 

日本においては未だに鍼灸の社会的許容度は低いのだから、出来る限り病院などの医療機関に比べて見劣りしない程度の設備や、施術スタイルを整えて、より科学的かつ効果の高い鍼灸を提供出来るよう地道に研究してゆかねばならぬと思う。

 

もちろん、確実に効果があり、誰もが客観的に認められる技術を備える鍼灸であれば、ある程度崩れたスタイルでも、誰も理解出来ぬような思想に基づいた施術でも一向に構わぬとは思うが、実際には、そんなアンビバレンスかつアンチノミー的な鍼灸は存在が困難であると思う。

 

鍼灸院における衛生管理は、まず第一に考えねばならないが、白衣を着ずに作務衣で施術する時点で、衛生管理への想像力や、衛生管理における知識が大幅に欠落していると言えるかもしれない。もし、病院で作務衣を着ている医師や、コメディカルがいたら、患者はどのように捉えるだろう。そもそも作務衣は僧侶が着るものだ。患者によっては不安を抱くかもしれないし、キ〇ガイだと思って近寄らぬかもしれない。医療従事者にとって白衣の着用はスタンダードであるが、特に社会的信用度の低い鍼灸師においても、スタンダードであるべきだと思う。

 

今、日本の鍼灸業界に一番必要なことは、患者に有用な情報や施術を提供しつつ、信頼関係を築いてゆくことだと思うわけだが、どうも日本の鍼灸界では、世間に誤解を与えるようなスタイルの鍼灸師が少なくないように思えてならぬ。

 

中国で鍼灸を施す場合、まずは西洋医学的な検査をしたうえで、脈を診たり、舌を診たりするのだが、日本では完全な分業になってしまっていて、診断権は医師にしかないから、鍼灸師は診断が出来ず、独自に病態を「判断」するしかない。

 

ゆえに、「私は気が見える」とか、「オーラが見える」とか言って、アッチ系のいかがわしい治療がメインになる鍼灸師も少なからず存在していて、ソッチ系にどっぷり浸かってしまうと、もはや廃棄物処理法などどうでも良くなってしまうのかもしれない。

 

ちなみに、私は気の存在を全否定しているわけではない。世の中には視覚で捉えられぬ物質なんて沢山あるのだから、気のような物質が完全にないとは言い切れない。

 

日本の鍼灸師もまずは使った針を適正に処理しつつ、院内の衛生管理を徹底し、安全な刺鍼法を踏まえた上で、効果的な刺鍼法を探究すべきだと思うが、なかなかそういう考え方をする鍼灸師は少ない。