院長のブログ(表)( ´∀`)

東京つばめ鍼灸院長の独り言ブログ。「南北相法」の翻訳ページはこちら→http://www.varianttuning.com/index.html

コロナウイルスと灸

中国の某専門家によれば、中国におけるコロナウイルスのピークは2月下旬とのことだが、日本もまだ油断できそうにない。

 

コロナウイルス克服のために、中国では4つの「早(zǎo)」、“早发现(早期発見)、早诊断(早期診断)、早隔离(早期隔離)、早治疗(早期治療)”が微博などで呼びかけられている。

 

中国で著名な伝染病学専門家の李兰娟院士によると、コロナウイルスは75%のアルコールまたは摂氏56度30分で死滅するという。 

 

さらに、湖北省にある中医院针灸科学科の主任、周仲瑜氏によれば、「培元固本灸」で免疫力を向上させることが可能だと言う。「培元固本灸」は、「培元固本丸」と呼ばれる、人参、麦冬、五味子、肉苁蓉、熟地、山茱、山药、茯苓、丹皮、泽泻などの生薬を配合した中药の処方を応用した灸法で、主には体力の消耗や疲労回復に効果があるとされている。 

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日本では、生薬が配合された灸は一般的ではないが、中国には様々なバリエーションが存在し、特に艾条(棒灸)と艾灸盒(棒灸施術用の箱)をセットで用いるのが一般的だ。 

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灸の原材料であるもぐさには防虫、魔除けの作用があると言われている。それゆえか、現在、中国国内には感染予防の一環として、院内を灸の煙でモクモクとさせている中医院もあるようだ。

針の発注

鍼灸院は、2月が最もヒマである。 

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しかし、帳簿の整理をしたり、確定申告の準備で税理士とやりとりしたり、針の在庫を確認して北京の針屋に鍼を発注したり、院内の備品を補充したり、色々とやることが多い。ホームページやブログの更新も、できるだけこの時期に済ませておく。

 

たまに見学に来る鍼灸師のFさんが、ヒマな頃合いを狙ったのか、「特注の針を発注してもらえませんか?」とメールしてきた。Fさんは中国語ができない。

 

仕方がないので、北京の針屋に、自分の通常分の発注をするついでに、この時分でも特注の針を作れるかどうか聞いてみることにした。

 

ちなみに日本では、針の特注はかなりの本数をまとめないと断られることが多いが、中国では小ロットでも安く特注してくれる。しかも、日本のメーカーでは対応不可の太さ、長さの針の特注が可能だ。さらに、1本ずつのブリスターパックなら、針管の有り無しを選択できるし、コストを抑えた針管無し10本ずつの個別包装も可能だ。もちろんちゃんとEOG滅菌されている。

 

今回発注の件について、北京の針屋の事務員(微信朋友)に連絡すると、「疫情(コロナウイルス)の影響で、工場はフル稼働しておらず、出勤している工員も僅かです。今は定番商品を作るのに精一杯で、特注品を生産する余裕はありません」と返信がきた。

 

中国の明日を予測することは容易ではない。今日可能だったことが、明日不可能になってしまうこともあり得る。情勢が安定している時に針を輸入しておかないと、しばらく輸入できなくなる可能性もある。

 

そんなわけで、私は急いで発注書を作成し、微信にて事務員に送った。しかし、すでに時遅しで、事務員は私のメッセージをすっぽかして、帰宅したようだった。

 

北京の針屋は2月10日になってようやく業務を再開したものの、当局の指示によるためか、10日の午後になって、急遽17日まで業務を休止すると連絡があった。

 

そういえば、前回発注した時は、同じ内容物の2個口のうち、なぜか1個だけが北京の税関に4回も差し戻しされた。その後、配送業者を変更して、5回目の発送で何とか受け取ることができた。針屋の事務員が言うには、こういったわけのわからない差し戻しが稀にあるらしい。微信の内容は当局によって検閲されているから、これ以上、事務員と踏み込んだ話はできなかった。

 

後日、中国情勢に詳しい知り合いの中国人にこの件を話したところ、その時に全人代や党大会、APECなどの重要な会議があったわけではないから、おそらく香港のデモや、新疆の情報がアメリカに流出した件などが影響して、税関がいつも以上に厳しくなっていたのだろう、とのことだった。

 

ちなみに針を輸入する際、日本国内の中国系銀行から送金するのが無難だけれど、近年、金融庁が策定した「マネー・ロンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の影響で、送金時の審査が日に日に厳しくなってきている。それゆえ、帳簿管理を厳格に行い、銀行側に資金の動きを明確に提示することができないと、針の輸入はほぼ不可能に近い。

 

昨日、北京の針屋の業務が再開したとのことで、事務員にメッセージを送った。するとヒマにしているのか、すぐに返信が来た。 

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どうやら、未だ当局による外出制限は解かれておらず、不便を強いられたまま、在宅勤務で何とか仕事をしているらしい。

 

こびとがまた北京へ行きたいと言っているけれど、再び中国の土を踏むのは、まだまだ先になりそうだ。

“夕”来了!(“夕”がやってきた!)

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中国では2020年、花火・爆竹の販売および使用が全面的に禁止された。

 

現在、微博や微信朋友圈では、これがコロナウイルス発生の要因になったのではないか、と真しやかに囁かれている。

 

中国には爆竹に関して、こんな伝承がある。 

 

「遥か昔、中国には“夕(xī)”と呼ばれる神獣が海の底深くに住んでいた。毎年12月30日になると、“夕”は深海から陸へ上がり、村の家畜や食料を食い荒らしたり、村に瘟疫(流行性の感染性疾患)をもたらした。その暴れようは、山々が鳴動し、地響きを立てるほどだった。

 

村人は“夕”が来る前に山へ逃れ、身を隠し、天帝に祈ることしかできなかった。村人を哀れんだ天帝は村人を救うため、“年(nián)”と呼ばれる神獣を遣わせることにした。

 

ある年の12月30日、村人は山へ向かう道中、行倒れている7、8歳くらいの子供に遭遇した。子供は濃い眉に大きな目をしていて、一見して外者だとわかった。

 

心ある女性が子供を抱き上げ、食物を恵んでやると、子供は『“夕”を撃退するために、できるだけ多くの竹を切って、夜までに家に持ち帰って下さい。そして、門前には呪文を書いた紅い紙を貼り、薪に火をつけ、夜が明けるまで消さないでおいて下さい』と言った。村人は半信半疑で子供の話を聞いていたが、子供の言う通りにした。

 

村人と子供は焚火で暖を取りながら、“夕”が現れるのを待った。日が沈み、辺りが暗くなると、“夕”が現れた。すると子供が『“夕”は私が引き付けておきますから、焚火に竹を投げ入れて下さい!』と叫んだ。

 

村人は必死になって、焚火の中に竹を放り込んだ。すると、間もなく竹の中の空気が膨張し、竹は一斉に大きな音を立てて割れはじめた。その刹那、子供は“夕”の角に突かれたが、門前に掲げられた紅い呪文が書かれた紙と、竹の爆発音、爆発時の閃光に恐れをなした“夕”は、逃げるようにして、海の方へ走り去って行った。子供は息を引き取る直前、自分の名前は“年”である、と言った。

 

それ以来、村人は毎年12月30日になると、門前に呪文を書いた紅い紙(对联)を掲げ、赤い蝋燭に火を灯し、爆竹を鳴らして“夕”を駆逐し、再び“年”が現れることを願った。このため、人々は大晦日を『除夕(除掉“夕”)』、正月を『迎年(迎接“年”)』と呼ぶようになった…。」

高铁と新幹線

 

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中国では10年以上前から、地下鉄や高铁(高速鉄道)などにおいても、乗車前の手荷物X線検査と金属探知機を用いたボディチェックが実施されている。いわゆる「安检(安全検査)」である。

 

もちろん、中国であるから、時折係員が立寝していたり、検査が杜撰(ずさん)だったりすることもあるが、安全検査が無いに等しい日本に比べると、大きな事件は未然に防がれているように思える。ちなみに、中国の地下鉄は、ほとんどの駅にホームドアが設置されているから、人身事故で電車が止まったり、遅延することは滅多にない。

 

しかし、最近の高铁では、他人の席に勝手に居座る「霸座」や、乗客が頭上に置いた荷物を狙う置引きが目立っている。「霸座」というのは「霸占别人座位」の略語だ。

 

日本の新幹線でもたまに、空いている指定席に勝手に座る乗客がいるけれど、座るべき乗客が来れば、通常は自主的に移動する。「霸座」の場合は、警察が来ても断固として席を譲らないもんだから、結果的にお縄を頂戴して2週間ほど拘留されたり、铁路黑名单(ブラックリスト)に登録されて、6か月間乗車券を買えなくなったりする。

 

高铁における置き引きは、乗客が寝たのを見計らって、頭上の棚に置いたバッグから現金を抜き取る手口だ。特に他の乗客から目につきにくい、車両最後部の席が狙われやすい。こういった犯罪は、犯罪者に寛容な日本においては、今後十分に起こり得るから、平和ボケした日本人は特に注意した方が宜しいと思われる。

 

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以前、杭州東駅から上海行きの高铁に乗った時、私が座るべき指定席に、農民らしきジジイが偉そうに座っていたことがあった(画像右列、後ろから3つ目の席に座っているジジイ)。私が「ここは俺の席だ」と強く言ったらスンナリ移動したけれど、頼んでもいないのに温められた席に、ジジイの温もりを感じながら、2時間近く座り続けるのは非常に不愉快だった。

 

でもまぁ、安全検査をしているせいか、高铁内で包丁を振り回したり、放火したりする輩は滅多にいないし、もしそういう輩が現れたとしても、中国人乗客が一丸(いちがん)となって袋叩きにする可能性が高いから、内気で控えめな日本人が多い新幹線よりも、キレたら危ない中国人が多い高铁の方が、何となく安心感はある。

 

そもそもは、安全検査を蔑(ないがし)ろにして、乗客の命よりも己の利潤を優先する鉄道会社の列車に乗らなければ良いだけの話なのだが、都会で生活していると、中々そういうわけにもいかない。そうであるならば、できる限りの対策を自分なりに考え、いざと言う時は自己防衛するしかない。

 

「日本の駅は中国に比べて狭いから、安全検査場を作るスペースがない」とか、「新幹線の運行ダイヤはタイトだから、安全検査なんてしていたら経済的損失が大きい」とか、「日本じゃ安全検査なんて現実的ではない」などと、一生懸命に騒いでいる人がいる。

 

しかし、安全検査に必要なスペースなんて、たかが知れている。新幹線のダイヤが過密すぎるならば、安全検査を優先して、運行本数を減らせば良いだけの話だ。新幹線と同等の移動手段には飛行機もあるわけで、新幹線であぶれた乗客は飛行機に乗れば宜しい。

 

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2016年上海にある龙阳路駅磁浮(マグレブ)乗り場改札の様子

上の画像は、上海磁浮(SMT、マグレブ)乗り場の安全検査場の様子だ。安全検査に要するスペースなんて、実際にはこんなもんだ。検査時間は、1人あたり10秒もかからないだろうと思う。

 

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ちなみに、磁浮というのは、Transrapidと呼ばれるドイツで開発された磁気浮上型列車のことで、SMT(Shanghai Maglev Train)は、1999年に開発されたTR08型がベースになっている。SMTの最高時速は431kmに達する。2016年に上海へ行った時、乗ってみた感じでは、カタパルトから押し出されたようなGと、経年劣化的なガタガタ感がスリリングだった。

 

とにかく、来年には東京オリンピックがあり、テロが懸念されているし、新幹線の改札だけでも、優先的に安全検査場を設置するべきだろうと思う。設置にあたり、予算やスペースの問題がネックになるならば、まずはハンディタイプの金属探知機を使えば良い。金属探知機による簡易検査であれば、1人あたりの検査は数秒で済むだろうし、改札の手前にスペースを確保すれば、新たに設備を新設せずとも可能なはずだ。

 

それだけでも、少なくとも刃物や銃器類による事件を、大幅に減らすことが可能になるだろう。どうのこうのと理由をつけて、何もしないよりは遥かにマシだ。最新のX線装置だってコンパクトだから、休憩所や売店を設置するスペースがあるならば、まずはそれらを撤去してでも、安全検査用の器具を最優先にして設置すりゃあ良い。

 

そういえば、天津駅の高铁の改札は、何故か金属探知機のゲートが2重になっていて、警察犬もいた。警官はライフルを持っていたし、犯罪者を近寄らせないような雰囲気が強かった。

 

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2018年時点で、日本の新幹線の路線総距離約2,800キロに対し、中国高速鉄道の路線総距離は29,000キロ超で、すでに日本の10倍以上長い。さらに、2018年までの総旅客数はのべ90億人超、1日あたりの運行本数は3970本超で、日本の新幹線の1日あたりの運行本数約370本に比べ、すでに10倍以上になっている。

 

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2011年、浙江省で発生した高速鉄道(动车)の衝突事故以来、営業速度350kmの列車は300kmに、250kmの列車は200kmに速度制限がかけれらていたが、高速鉄道の安全性が確認されたとのことで、2017年、复兴号(復興号)と名付けられた新型の高铁がデビューし、高速鉄道の営業速度は時速350kmに戻された。

 

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現在、北京ー上海間(約1318km)を走る复兴号の運行平均速度は、時速280kmだそうだ。中国は2020年までに、高速鉄道路線総距離を30,000キロ、2045年には45,000キロまで延長し、复兴号は900編成まで増やす計画らしい。

 

www.youtube.com

 

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2016年、上海虹桥駅の高速鉄道待合室の様子

 ちなみに中国では、大都市の各主要駅にある高速鉄道のホーム数は、1駅あたり30以上はザラで、常時30本以上の高速鉄道が乗り入れ可能となっている。それゆえベンチが設置された待合所は空港なみに広大で、むしろ金のかかるファストフード店はガラ空き、東京駅のように新幹線に乗車するまでの間、休憩する場所がなくて困る、ということは一切ない。

2011年、夏、師匠が偵察に来た日

島根へ行ってちょうど1年が経った頃、師匠がアポなしで突然、松江の北京堂に現れたことがあった。

 

元々、松江の北京堂は2009年頃から、師匠の旧友であるTさんの希望により、学園通りで最も高い7階建てのビルの6階に移転していた。しかし、私が松江の北京堂を引き継いで間もなく、使っていない部屋がカビだらけになっていることが発覚し、7階に移動することになった。

 

大家さんは非常に良い人で、「カビが発生したのはマンションの構造上の問題ですけん」と言って、家賃を据え置きにしてくれた。どうやら移動した部屋の家賃が一番高いらしかった。

 

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7階の部屋は完全な南西向きの角部屋で、カビの被害は皆無だったが、夏の夕方は強烈な西日が差し込んだり、南側にあるファミリーマートの駐車場にたむろする島大生の喧しい声が時折壁伝いに上がってきたり、宍道湖上を抜けてくる強烈な西風が窓を定期的にガタガタと揺らしたりと、鍼灸院とするには少々問題のある部屋だった。しかし、眺めが良い点だけはお気に入りだった。

 

松江はとにかく太平洋側のようなカラッとした天気が少なく、年間を通してどんよりとした雲が立ち込める、陰鬱とさせるような天候が多かったから、たまに晴れ間がのぞくと、とても嬉しい気持ちになった。師匠が来たのは、そんな希少な晴れ間の日だった。

 

私は施術中であったが、師匠はインターホンを押すや否や、カルビーのポテトチップス数袋と缶ビール数本を満載したスーパーの袋を片手に、お構いなしにズカズカと入ってきた。

 

師匠の後ろには師匠のお友達であるTさんがいて、申し訳なさそうに私に会釈した。師匠とTさんは仕事中の私に迷惑をかけまいと考えたのか、施術室から離れた南側のバルコニーへ出て、酒盛りを始めようとしていた。

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南側のバルコニーは熊野大社のある八雲町付近を望める方角に面していた。ちなみに、熊野大社出雲国風土記に記載のある一之宮の1つで、一説によれば出雲大社より格式が高い神社らしい。熊野大社近辺はほぼ地元民しかいないけれど、観光地化されていない分、騒がしくなくて宜しい。

 

バルコニーには日よけの茶色いタープを張ってあったのだが、師匠は勝手にこれを備え付けの物干し竿で持ち上げ、キャンプ的な空間を作ろうとしていた。私は黙って、師匠に椅子2つとテーブルになりそうな箱を手渡した。Tさんは師匠の成すがまま、ただ見つめているだけだった。

 

私は2010年の夏にTさんから松江の北京堂を引き継いだのだが、当時、Tさんと私は微妙な関係にあった。微妙な関係と言っても、ホモダチとかそういう類の関係ではなく、どちらかと言うと仲が悪いような関係だった。Tさんは私よりも20歳ほど年上の男性で、師匠の旧友でありながら、私より1年早く師匠に弟子入りした、いわば兄弟子だった。

 

諸般の理由により、Tさんは松江の北京堂を辞め、私が引き継ぐことになったのだが、Tさんと私は引き継ぎ期間中にいざこざがあり、軽い喧嘩をして以来、お互い一定の距離を保つようになった。特に火種となった一件は、引き継ぎ期間中にTさんが、「私の治療を希望する患者から予約の電話があっても、私は絶対に施術しないと伝えて」と発言したことにあった。

 

私が「患者が治療を希望しているんだから施術してあげたら良いじゃないですか」と反論したものの、Tさんの意志は固く、患者から電話がくるたびに断らなければならなかった。結局、Tさんの真意はわからなかったけれど、施術できない何かしらの理由があったのかもしれない。

 

平和を好む師匠は、そんなTさんと私の微妙な関係は露知らず、嬉しそうに缶ビールを開けて飲み始めた。私は施術の合間をみて、師匠を接待しなければならなかった。私は、事前に来ることを教えてくれていれば何か食べるものでも用意していたのに、と思ったが、アポなしで訪れることは相手に余計な気遣いをさせないという、心優しい師匠流の社交術なのであろう、と勝手に想像した。

 

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2014年夏に北京の前门で食べた拍黄瓜。

冷蔵庫には、恵曇(えとも)で漁師をしている患者から、腰痛を治したお礼にもらったばかりの魚介類が入っていたが、さすがに治療中に魚をさばくわけにもゆかず、東京に帰った時におかんからもらった、出来合いの、塩味の効きすぎたキュウリの漬物を小皿に盛り付け、すでにバルコニーで盛り上がっていた師匠とTさんに、割りばしを添えて差し出した。

 

北京で過ごした経験のある師匠は、香菜(コリアンダー)をからめた拍黄瓜が好きであるから、きっとキュウリの漬物なら口に合うであろうと予想した。

 

結果、師匠は一口食べるや否や、「これ結構美味いな。頼んでもないのに料理が出てくるなんて、ここはボッタくりバーならぬ、良心的な鍼灸院バーだな」と嬉しそうにつぶやいた。

 

そういえば師匠も、東出雲で開業している時、患者から軽トラックの荷台に満載された魚をお礼にと差し出されたそうだが、さすがに全部はもらえないので断ったらしい。島根は東京と違って農業・漁業従事者が多いから、治療のお礼に食物を頂戴することは珍しくない。

 

私は患者に一通り刺鍼したあと、窓際に椅子を置いて腰掛け、しばし師匠とTさんと会話することにした。

 

私は、Tさんが自らの親指をテーピングで固定しているのを見て、「怪我したんですか?」と問うた。

 

するとTさんは恥ずかしそうに「地元の子供と柔道している時に痛めちゃって」と言った。どうやらTさんはボランティアか何かで、定期的に子供たちと柔道をしているらしかった。Tさんは、はりきゅう・あんま指圧師の免許に加え、柔道整復師の免許も持っていたから、柔道には馴染みがあるようだった。

 

私が「手は鍼灸師の命ですから、手の怪我は鍼灸師としての致命傷になりえますよ」と言うと、師匠も「そりゃそうだよなぁ」と相槌を打った。

 

私は普段から、手を傷つける可能性のあるガラス製品は使わないし、包丁などにも極力触れないように気を付けているが、やはりこういうことはプロ意識というか、責任感の有無によるのであろうか、と思った。 

 

バルコニーから施術室に戻り、患者の様子に問題がないことを確認して再びバルコニーに戻ると、師匠とTさんは、整骨院の不正請求に関するトピックについて話し合っていた。

 

Tさんはここからほど近い場所にある某整骨院がお気に入りで、たまに行っては500円払って、マッサージしてもらっていると言った。師匠が「整骨院なんて不正請求がほとんどでしょ」と、にべ無く言い放つと、Tさんは顔を真っ赤にして「そんなことないよ!」と怒りを露わにした。

 

Tさんは柔道整復師でもあるからか、何が何でも反論したい様子であったが、論証に値するほどの論拠を提示することもできず、ただただ否定するだけだった。 

 

ちなみに、整骨院における療養費の支給対象となる負傷の定義はこれまで、「急性又は亜急性の外傷性の骨折、脱臼、打撲及び捻挫」と定められていた。しかし、医学的には「亜急性の外傷」という概念がないうえに、これが支給対象を曖昧にし、不正請求の要因になっているという指摘があったため、ようやく去年、「亜急性」という文言が削除された。

 

そもそも、整形外科医が足りていなかった時代ならまだしも、現代では骨折したら、まずはレントゲンを撮るために整形外科へ行って医師の診断を仰ぐのが普通だし、打撲は軽度であれば病院に行かず放っておく人がほとんどだろう。

 

確かに、血液凝固因子に異常があるような人は打撲でも命に関わる可能性があるから、かかりつけの病院に行くことはあるかもしれないが、そういった急を要するような病態の人が、第一選択として整骨院へ行くことは稀だろう。さらに、捻挫や脱臼ならば整骨院へ行く患者もいるかもしれないが、通常はまず画像診断を必要とするため、病院へ行こうと考えるのが一般的な感覚であろうと思う。

 

そんなわけで、現状では、整骨院においては急性の骨折、脱臼、打撲、捻挫に限り健康保険適応となるのだが、実際には慢性の肩凝りや腰痛、その他の慢性化した疲労感や痛みを訴える患者を保険適応としているケースが少なくないようだ。おそらく、そうでもしなければ、健康保険適応にできる患者が限られてくるわけで、整骨院の経営そのものが立ち行かなくなる可能性があるのだろう。

 

主張を断固として譲らぬ師匠とTさんの間には、しばし気まずい雰囲気が立ち籠(こ)めていたが、しばらくすると、師匠は何事もなかったかのように別の話題に切り替えた。

 

結局、師匠は、鍼灸院のうららかなバルコニーでTさんと1時間ほど酒盛りしたあと、混み合っている雰囲気の院内を満足気に見まわし、待合室で治療を待っている女性患者に「私、この人の師匠」と脈絡なく言い放ったあと、Tさんと共に、嵐のように去っていった。

 

真正的高手

先日、日本の某テレビ番組で、鍼灸治療の特集をやっていたらしい。

 

日本のメディアは偏向報道が少なくないから、私は普段から極力テレビは観ないようにしている。しかし、多くの患者さんが、「観ましたか、観ましたか」と言ってくるもんだから、どんな番組なのかちょっと気になっていた。

 

すると都合よく、たまに見学に来る鍼灸師のFさんが、「録画したからあとでDVDを送りますよ」と言った。

 

今日、早速DVDが届いたので観ることにした。まぁ予想した通りの内容で、大して面白くもなかったが、番組の中で「中国きっての鍼の名手」などと紹介されていた某中医が、実際には、中国では最も権威のある中国中医科学院の中医でさえ知らない、中国国内では無名に等しい存在であることがわかったことは収穫だった。それと、実際に有名な鍼灸師の施術を受けた患者の動きや表情が、イマイチ芳しくないことが見て取れたことも収穫だったと言えるかもしれない。Fさんには感謝している。

 

某番組では、衢州が「中国針研究の中心地」であるとか、ある中医が「中国きっての鍼の名手」だなどと視聴者を煽るものだから、どれだけすごい中医が出てくるのだろうかと期待した。しかし、画面に現れたのは、見たことも聞いたこともない老中医だった。とにかく、中国語字幕を出さず、老中医の声を日本語吹き替えにしている時点で、怪しさ250%だった。

 

番組が始まって16分ほどすると、鍼の名手だという老中医が重要なセリフを言ったようだった。しかし、中医がそれを言うや否や、吹替の声が中国語を遮るようにして「やっぱりツボができてますね」と日本語で叫んだ。

 

一般的に、中医はそんなセリフを吐かない。私は老中医が言った中国語が聞き取れるよう、音量を最大にした。すると、吹替の声が邪魔をして部分的にしか聞き取れなかったものの、老中医が「疼吗? 这是… … 得气的感觉(痛い?これが…得気と呼ばれる感覚だよ)」と言っていることがわかった。老中医は「ツボができている」なんて微塵も言っていなかった。

 

原語の字幕を出さず全て吹替にして、メディアの意図する通りに情報を操作することは、日本では今に始まったことではない。しかし、誤った情報を、無知な視聴者や純朴な鍼灸師に与えることは到底許されない。メディアは常に真実を伝えるべきで、老中医が言ったことをそのまま放映したり、字幕にするのがフェアなやり方だ。

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また、某番組では、現在の中国の針研究の中心地は衢州であると断言していたが、これは事実とは異なる。中国における中医研究の中心地は北京であり、特にその中核を担っているのは、东直门にある国家中医薬管理局直属の中国中医科学院だ。実際に、百度にも「中国中医科学院是国家中医药管理局直属的集科研、医疗、教学为一体的综合性中医药研究机构,以中医药科学研究作为中心任务」と明確に記されている。この番組を監修した日本の自称鍼灸研究の第一人者や某番組スタッフは、一体何を根拠にして、衢州が針研究の中心地であると断言することができたのであろうか?きっと不勉強な鍼灸師はこの番組を観たら、衢州が中国針灸研究の中心地であると信じ込んでしまうのだろう。全く恐ろしいことだが、もはや日本のメディアにおいては特に珍しいことではない。

 

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2015年にノーベル生理医学賞を受賞した屠呦呦は、北京大学医学部卒業以来、ずっと中国中医科学院で研究を続けているが、現在、彼女は世界的に最も知られている中医(薬学者)の1人である。さらに、中国中医科学院は中国全土から国医大师と呼ばれる名老中医に認定された中医を集め、世界最高レベルの中医専門病院としても機能している。また随時、海外からの研究者を受け入れており、欧米人が頻繁に訪れる様子を鑑みると、欧米圏からの注目度は高いようだ。知られていないのは日本くらいなものだろうと思う。

 

ちなみに、 1949年の北京和平解放後、王雪苔らの助力により、中央政府直属の中医研究機関として針灸療法実験所が設立されたが、これは現在の中国中医科学院針灸研究所の前身である。中国中医科学院は政府公認の中医研究機関として始まったが、現在も中国における中医研究の最高峰として君臨し続けている。


また、近年、中国中医科学院が世界的な成果を収めることができたのは、政府の強い後押しがあった証拠だろう。 

www.catcm.ac.cn

 

2015年には中国中医科学院設立60周年の記念大会が大々的に行われたが、その様子を見るだけでも、政府の力の入れようがどれだけのものかは一目瞭然だ。ゆえに中国中医科学院は、中国政府が最も力を注いでいる、世界最先端をゆく中医研究機関であり、中国における中医研究の中心地となっていることは、紛れもない事実であるとも言える。

 

 さらに言えば、中国で最も有名な老中医だった王雪苔や贺普仁も、みな中国中医科学院に所属する国医大师だったし、そもそも、国家主席がいる北京に、最高レベルの病院を用意し、万が一に備え、有能な中医師を常時待機させておくのは自明の理だ。実際に、多くの地方在住者が最高の治療を求めて集まるのは、首都である北京か、上海などの主要都市にある大病院だ。

 

念のため、私が取引している中国中医科学院直属の針メーカーの社長に、某番組で「中国きっての名手」などと紹介されていた老中医を知っているか聞いてみることにした。

社長も例にもれず低头族なのか、それともたまたまヒマだったのか、すぐに返信がきた。低头族というのは文字通り、常に頭をうなだれてスマホに夢中になっている人々のことだ。

 

私「ちょっとお尋ねしますが、この人は有名な中医?」

 

社長「ごめんなさい、聞いたことないですよ!」

 

私「本当ですか!最近、日本のメディアでこの中医が中国で最も有名な中医であるかの如く報道していたんですよ」

 

社長「(中国中医科学院の)中医の友人達が知っているか聞いておいてあげましょう」

 

私「ところで、現代中国で最も有名な中医は誰だと思います?」

 

社長「王雪苔、邓铁涛、焦树德、程莘农、路志正ですね」

 

ちなみに、この社長の針メーカーは世界的にも有名で、最近は欧米やドバイ、インドネシア、ブラジルなどの市場にも参入し、社長自身、老中医の知り合いも非常に多いようだ。それゆえ、社長の言う言葉には重みがある。おそらく、現在日本で権威とか、専門家とか、プロフェッショナルとか、第一人者とか、ゴッドハンドなどと呼ばれている鍼灸師で、この5人の中医をすべて知っている人はいないだろう。その結果、彼らが監修したがゆえに、地方にいる謎の中医が某番組で取り上げられるというおかしな事態になったのかもしれないな、と思った。

 

社長はヒマなのか、しばらく私と与太話をしたあと、「月末に東京へ行く予定があるが、東京に良い医療機器メーカーはあるか」と聞いてきた。私は、「まぁ、あるにはあるが、おそらく現時点での日本への参入は難しいだろう」と言った。実際に去年、社長一行は大阪からの市場参入を試みたものの、「失敗に終わった」と言った。また社長は、「中医専門の日中翻訳者を用意できなかったことが大きな要因だった」と言った。

 

私が、「そもそも日本は旧態依然としている上に、現在は美容鍼が流行している。それに、まともな中医経典の翻訳書が少ないゆえに、多くの鍼灸師は「气至」や「得气」の手法さえマトモに知らず、知っていたとしても知ったかぶりで、浅鍼を好む傾向にあるのが主な原因だろう」と言うと、社長は、「だから日本の針メーカーは細くて短い針ばかりを生産するのか、中国の老中医はみんな太い針を好むけど」とガッテンした様子であった。

 

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1時間ほど経つと、社長からまた返信があった。

 

「この人のこと、友人の中医数人に聞いてみたけど、みんな知らないみたい」

 

ノベール賞を受賞した屠呦呦は間違いなく、中医の世界では世界的な権威の1人であろう。その屠呦呦が所属する、中国中医科学院の中医師数名が誰1人として、「中国きっての鍼の名手」であるはずの老中医を知らぬ、と言ったのだった。

 

今回、某番組の取材班が、「中国で最も有名な中医がいる場所はどこですか?」とか、「番組で鍼灸の特集を組む予定なのですが、鍼の本場中国へ行くならどこに行くべきでしょう?」などと問うてきたとしたら、私は間違いなく、多くの名老中医が所属し、屠呦呦の話題で最もホットな中医医院である、中国中医科学院を薦めていただろう。

 

ちなみに、某番組では中国の針の見本が紹介されていたけれど、あれは外国人観光客が喜んで買う、中华医针样谱と呼ばれる古代針のレプリカだ。私も研究用として、数年前に数種購入している。あの針は、確かに現在ではほとんど使われていないが、鍼灸研究の第一人者であるならば、「中国ではこのような古代針を改良した黄帝针などの新式の針が、すでに外科手術などで実用化されている」などという解説を、一言加えるべきだったろうと思う。

 

現在、中国では多くの針メーカーがしのぎを削っているから、より痛みが少なく効果が出やすい針を求めて、針のモデルチェンジ、マイナーチェンジが頻繁に行われている。私が取引している北京の某針メーカーの社長も今日、「今また鍼先の改良をしているから、試作品が出来上がったら試してくれないか」と連絡してきた。

 

中国には優秀な中医が沢山存在するから、豊富な知識と多くの臨床経験から生み出された、新たな刺鍼法に伴って革新的な針が発明されたりすることなどはもはや日常茶飯事だ。日本の研究機関では年間で100人程度の新患しか診ないなんて所もあるらしいが、新規の患者を3日に1人しか診れないような鍼灸師が、毎日10人以上の新患を診ている中医に比べ、豊富な臨床経験を積み上げることは果たして可能なのであろうか。鍼灸技術も例にもれず、多くの試行錯誤を経て進化するわけで、研究機関であれば尚更、多種多様な病態の患者を選別することなく受け入れるべきではないのか。中国には、まだ日本では知られていない鍼灸の治療法が山ほどある。それらは、次から次へと来院する患者を、誰彼と区別することなく受け入れ、研究を重ねてきた結果であろうと思う。

 

日本の某番組では、「日本の鍼灸の歴史は1500年以上あります!」と断言していた。しかし、1500年間以上も伝統が続いているにも関わらず、未だに患者や医師から「鍼はプラシーボだ」とか「鍼なんて効かない」などと揶揄されることが少なくない日本の現実を冷静に鑑みると、いったい日本の鍼灸師はこれまで何をやってきたのであろうかという疑念を抱く人もいるかもしれない。

 

実際に中国では近年、伝統針灸がユネスコリストに登録されたり、中医師がノーベル賞を取るなど、着実な成果を残している。また、日本よりも鍼灸の歴史が断然に浅いアメリカにおいても、H.R.6が承認されて、オピオイドクライシスを救うべく鍼灸治療が保険適応となるなど、鍼灸に対する社会的な期待や評価が明らかな高まりを見せている。

 

一方、日本はどうだろう。日本の伝統鍼灸ユネスコに登録されることもなければ、鍼灸中医関係でノーベル賞を受賞した人も未だ見当たらない。さらには、鍼灸治療は保険適応になっているとは言っても、極一部の慢性疾患に限られ、多くの患者が気軽に安く、または無料で鍼灸治療を享受できるような状況は未だ整えられていない。日本には、ゴッドハンドだとか名医だとか言って己を権威付けする輩は、過去にも沢山いたし、現在も腐るほど存在するけれど、世界的な情勢を含めて俯瞰してみると、実際には彼らがどの程度のレベルであるかは自ずと推測できるだろう。

 

それゆえ、私個人の感覚からしてみれば、日本鍼灸の歴史が1500年もあるなんて、恥ずかしくて言えたもんじゃない。もし、老中医の前で得意気にそんなことを言ってしまったら、「日本は1500年もやっていてあの程度らしいよ」と微博で陰口を叩かれる可能性さえ否定できない。いや、微博には、常に日本のテレビ番組を監視している工作員のような中国人が実在するから、もうすでに叩かれているかもしれない。

 

では今後、日本の有望な鍼灸師はどうあるべきだろう。最低限、不確かな情報に惑わされぬよう、今更ながらもソクラテスが言った「無知の知」の意味をしっかりと理解し、常に自らが真実を追求できる術(すべ)を備えておくべきかもしれない。鍼灸師にとって、その術の1つとなるのが、中国語なのである。

 

アメリカで鍼灸が動き出した日(H.R.6 into law!)

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2018年10月24日、トランプ大統領がH.R.6という法案に署名した。

 

これまでアメリカでは、オピオイド薬による死亡者が年間数万人以上に上り、鎮痛薬の過剰摂取が社会問題になっていた。『Dr.HOUSE』で、Hugh Laurie扮するDr.HOUSEが、バイコディン(コデイン)中毒に陥ったのと同じような状況が、多くのアメリカ人においても現実になっていたわけだ。アメリカでは、2017年に約7.2万人の患者が薬害で死亡し、その内2/3はオピオイド薬が原因とされている。

 

しかし、現在はH.R.6が認可され、鍼灸師がヘルスケアシステムの一員となり、疼痛と薬害で板挟みになって苦しんでいた患者たちは疼痛緩和の一手段として、病院で鍼灸施術を受けることが可能となった。健康保険を使えば無料で治療を受けられるそうだ。ちなみに、リアルトランプのツイッターによれば、トランプ大統領中医医院での腰痛治療が習慣化しているらしい。 

 

baijiahao.baidu.com

 

中国ではすでに、H.R.6関連ニュースで微博や微信が騒がしくなっている。一方、日本では、H.R.6法案通過から4か月余り経過した今も、報道はほぼゼロに等しい。日本には鍼灸師が十数万人いるにも関わらず、今のところ、ブログやSNSなどでもH.R.6に関して触れている日本の鍼灸師はほとんど見当たらない。全く、恐ろしい状況だ。

 

近年、日本のメディアは中国を叩くことが仕事の1つのような風潮があるから、今後も日本ではH.R.6について報道されない可能性もある。密かにこのブログを見ている、自称日本鍼灸界の権威やゴッドハンドらが、あとになって騒ぎ出す可能性はあるが、おそらく現時点では、日本の鍼灸師でH.R.6について知っている人は極僅かであろうと推測される。

 

もちろん、アメリカや中国に何らかのコネクションがあるとか、常に海外からの情報を独自に入手する体制が整っているようなグローバルな鍼灸師なら、H.R.6については当然知っているだろう。

 

私は大してグローバルではないけれど、北京の某鍼灸メーカーの社長やその社員たちと微信でお友達になっているから、幸いにも朋友圈で常に最新の針灸・中医関係の情報を得ることができるし、微博でも随時様々な情報が入ってくるようになっている。それと最近は、N.Y.で針灸師ライセンスを取得した某女史が治療見学に来て、お知り合いになったから、色々とアメリカの医療情報などを教えてもらえて助かっている。

 

日本では、中国語で中医文献が読めずとも、世界の鍼灸事情を知らずとも、容易に権威を装えるという、旧態依然とした感じが未だ根強い。それゆえ、そういう鍼灸師に師事しているような鍼灸師は、世情を知らぬまま、根拠なく日本の鍼灸が最高であると盲信しているようなケースが少なくない。呆れたことに日本メディアの影響か、中国人は未だに人民服を着て生活しているとか、中国は日本より科学技術が30年遅れているなどと信じ込んでいる人も少なくない。

 

アメリカの鍼灸師も日本と同様、中国語を解せる人は少ないようだ。しかし実際には、日本の鍼灸師に比べ、正統な中医学に基づいた治療をしている人が少なからず存在するらしい。おそらくアメリカは英語圏ゆえ、日本には流通しない英訳の中医文献が沢山存在するから、アメリカの鍼灸師は本物の中医文献に触れる機会が多く、日本の鍼灸師に比べ、再現性のある治療効果を出せる人がそれなりにいるのだろう。そうでなければ、鍼灸オピオイド薬の代替として、病院で採用されることはなかったかもしれない。

 

日本では、10年以上も前から「エビデンスエビデンス!」などと、英語を覚えたてのオカメインコのように騒いでいる鍼灸師がいるけれど、毎日多くの患者に接し、1~3回の施術で効果が出るような、再現性のある鍼灸治療を実践できている鍼灸師はどれくらい存在するのだろう。もし、そういった腕の良い鍼灸師が数多存在しているのであれば、すでに日本でも、アメリカのように鎮痛薬に変わる手段として、病院で鍼灸が選ばれるような状況になっていたかもしれない。とにかく、鍼灸に明らかな効果が見られるならば、多くの医師が患者に鍼灸を勧めるだろう。

 

科学では再現性が最も重要だ。人体の構造は基本的にみな同じなのだから、同じように刺鍼して同じように治らなければ、エビデンスと高らかに叫んでいようが、どんな高尚な治療理論であろうが、科学的とは言えない。

 

アメリカでも薬品メーカーの力が大きいから、針灸が今後どのように扱われていくのか予測がつかないが、トランプ大統領が“the opioid crisis”に対処すると高らかに宣言し、鎮痛薬の氾濫を抑え込むため、鍼灸を医学の一部として取り入れた意義は非常に大きい。

 

しかし、acupunctureと言っても、主には正統な中国医学に基づく中国針灸のことであると推察され、中国針灸がユネスコ入りしたり、屠呦呦が中国人初のノーベル生理学・医学賞を受賞した流れでのH.R.6承認とみるべきで、日本鍼灸が影響していると考えるのは早計だろう。ちなみに、中国人は巨大なビジネスチャンスとばかりに、すでに動き出しているようだ。

 

N.Y.で鍼灸師をしている知り合いの某女史は、「この流れが日本に行く日も近い」と言う。確かに、アメリカの影響が大きい日本国であるから、何れは日本の鍼灸業界にも何らかの影響が出るかもしれない。

 

しかし、日本でも再現性のある治療ができる優秀な鍼灸師が増えなければ、アメリカからの影響が出たとしても、結局は多くの医師や患者に針治療を選ばれぬまま、何ら現状と変わらない可能性もある。いやむしろ、美容鍼や明確な効果がみられない慰安鍼しかやってこなかったような、疼痛専門の実践的技術を持たぬ鍼灸師が無鉄砲な施術に走れば、刺鍼事故が増加したり、鍼灸界の醜態が露呈する可能性もある。

 

現在、鍼灸業界においても、中国やアメリカの勢力は増すばかりだ。日本の鍼灸師もウカウカしていたら、近い将来、路頭に迷うようになるかもしれない。